彼女がここに咲く理由

ファミリーレストランの人の移り変わりは激しい。

朝、周囲を見回すといたはずの老人は気づくと消え、

昼には魔導サラリーマンが昼食を摂っていたり、主婦が来ていたりする。

そして、夕方には授業が終わったであろう高校生の集団。


だが、時間という何よりも強力な風に動じず、

ファミリーレストランにしっかりと根を張り、咲き誇る悪の華がある。


名は、ミホス・アンカデーノ。

称号の名は悪役令嬢。


他の客や店の利益など知らぬこと、

ドリンクバーだけで8時間粘り、

優雅に読書や魔導インターネットを楽しむ恐るべき悪である。


(読みたい本は世に増え続け、いざ買ったら買ったで手を付けない、

 そのくせ、図書館でついつい本を借りてしまう……

 自分の弱さが嫌になりますわね……)


彼女は、テーブルに注いだばかりのカルピスソーダを置き、

図書館から借りてきた小説を開いた。


(カルピスが好きなので、とりあえずビールの感覚で注ぐのはカルピスですわ。

 けど、ただのカルピスはなんだか爽やかさが足りない気がして、

 なんとなくカルピスソーダを注いでしまいますわ……)


ファミレス内は冷房が効いているし、ドリンクバーを注文しているので、

飲もうと思えばすぐにある程度冷えた味のついた飲み物を飲める。


冷房が効いているとはいえ、図書館では飲食が許されていないし、

自宅で飲み物を飲もうと思えば、

冷蔵庫を開く、飲み物を取り出す、注ぐ、飲み物を戻す。

という複雑怪奇にしてあまりにも多すぎる手順を要求される。

飲み物を出しっぱなしにすれば、当然ぬるくなるし、

コップに注ぐという手順を省いて直接飲むと事故の可能性が出てくる。


(それに私は家で本を読むなら、横になってやるから……

 冷蔵庫を開くという作業ですらしたぁないですわ!)


それに寝そべっているのは楽な状態とはいえ、

読書に向かうエネルギーの出力も低下しているように思える。

なればファミリーレストランで無理矢理にでも椅子に座って、

しゃんと本を読んだほうが良い――とミホスは思っている。


というわけで、ミホスは今日も今日とて某ファミリーレストランにいる。

ドリンクバーのすぐ側の席に陣取り、魔導端末でドリンクバーを注文すれば、

あとは退店まで、店員と言葉の一つすら交わすことはない。


客層も個人的な感覚では他の店よりも声小さめなので、

彼女のために与えられた読書空間も同然である。


(今日は、今日だけは読書だけに集中しますわ……)

思考とは裏腹に携帯魔導端末はすでに、魔導フリーWIFIに接続されている。


(インターネットをする気は無い、する気は無いけれど……

 なんだかもったいない気がして、結局は接続してしまいますわね、あかんわ……)


このファミリーレストランでは、魔導コンセントも魔導WIFIも無料である。

流石に魔導充電器やら、魔導ノートパソコンの持ち込みは行わないが、

インターネットというシンプルな誘惑がここには存在する。


(大体SNSなんて、常々引っ付いていなくても後から追いつける話題ばっかやし、

 インターネットおもしろコンテンツの更新だって、

 そんな見てるタイミングで行われませんわ、

 インターネットの発明にあたって、どれほどの祈りがあったとしても、

 私にとってはただの無限時間吸い取り機……

 アクセスしているのではない、ただ吸い取られているだけですわ)


ミホスは背を伸ばし、カルピスソーダを飲み、本を開いた。

異世界よりもたらされし、江戸川乱歩の「盲獣」

詳細を説明しようとすると、なんらかの倫理的な規約に引っかかるかもしれないので

説明はしないが大変面白い――とミホスは聞いている。


ページを開く。

本には読める文章と読めない文章があり、

読める文章の中にも、のめり込める文章とのめり込めない文章がある。


それは精神的なものなのかもしれないが、

読みやすいと読みにくいを別として読む気にならない文章というものがあり、

読む気になったとして、読み続けられるかどうかは別の話なのだ。


そして読みやすく、のめり込める文章というものに出会うことはめったに無い。

それは面白い、面白くないではなく、

運命の糸で結ばれた恋人に出会うかどうか、そのようなものだ。


のめりこめればよい、それでも世界には恋人にはなれない人が溢れていて、

そういう人との出会いも尊い。


だから、今日もミホスはいつ読むかわからないような本を買い、

ページを開くかどうかわからないような本を借り、

そして気合を入れて、ファミリーレストランで本に向き合う。


だから、不思議なのだ。

気づくと、魔導ツイッターを見ていることがしょうがない。

「盲獣」は1ページも進んでいないし、

ただただ無駄に魔導ツイッターのタイムラインだけを追っている。


(不思議ですわね……インターネットよりも小説のほうが面白いのに……

 いや、わかっていますわ……インターネットは……短いから……

 本を一冊読むことに比べれば……タイムラインのお嬢様のツイートは、

 その数百、数千分の一だから……)


電源を切ればいのだけれど、不思議と切れない。


(あかん、

 ファミリーレストランは読書だけじゃなくインターネットやるにも快適ですわ)


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