スガキヤを食べにドンキ行き、ついでに2階も見る令嬢

「スガキヤ閉店してしまうんでっかああああああああああああ!?」

ミホス・アンカデーノが、自身の邸宅の押し入れで、

携帯魔導端末を用いて魔導インターネットを行っていた時のことである。


ちなみに、何故彼女が押し入れで魔導インターネットを操っているのかと言えば、

その理由は単純である。部屋に本が溢れているのだ。

彼女が実家を離れて一人暮らしを始めた際に持ち込んだ本の山は、

最初は規律正しく、

ファンタジー段ボール箱に収納され、押し入れに収められていた。

だが、ある本を探すために開封して、

中身を全部部屋にぶちまけた――それが悲劇の始まりであった。

部屋は本で埋まる。

しかし、箱の中の本を固体とするなら、部屋にぶちまけられた本は液体である。

氷の中の宝を取り出すには、氷を削るか、氷を溶かさなければならないが、

水の中の宝はひょいと手を突っ込んで取り出してしまえば良い。


それ以来部屋の主は本である。

自身の肉体を押入れに収めてしまうと、母の胎内のように心地が良い。

夜よりも暗い闇の中に、すう――と、携帯魔導端末の光だけが目に焼き付くのは、

アヘンのように刺激的である。


閑話休題。


それよりも、押入れで暮らす彼女が発見したニュースだ。

スガキヤとは異界よりもたらされしラーメンチェーン店である。

イェーマグチ王国においては、主にでっかい店のフードコートに設置され、

その独特な風味と、マジで安価な高校生が気軽に食べれる値段から、

貴族のみならず、一般令嬢にまで親しまれている。


「あかんわ……」

悪役令嬢であるミホスも、スガキヤ常用者の一人である。

携帯魔導端末の光でも消せぬほどに、押し入れの闇は深くなるようであった。

スガキヤが閉店するのならば、

いっそ私もこの押し入れの闇の中に消えてしまおうか。とも思える。

「しゃーない、切り替えていきますわ」


しかし、永遠に続くものはない。

枯れて散るというのならば、悪役令嬢はその儚さも愛でるもの。


「最後に食えるだけ喰っときますわ」

押入れから飛び出し、ひったくるように自転車(魔導ではない)の鍵を掴むと、

勢いよく、彼女が現在一人で過ごしている獅子の宮殿レオパレスの一室を飛び出した。


清貧たる大学令嬢には馬もいなければ車もない。

乗りこなすべきは己の肉体、ただそれだけである。


数十分ほど自転車を漕ぐと、巨大なる激安の殿堂が鎮座しているのが見えた。

ドン・キホーテ、異界の英雄の名を冠した恐るべきディスカウントショップである。

人の命以外ならば、それこそ何でも取り扱っていると言われるほどに。

しかし、決して油断してはいけない。

常に鳴り響く軽快な音楽、いかにも楽しげな店内の雰囲気が、

探求者ドンキ来た人の判断を往々にして狂わせる。

本当に安いのか、本当に必要なのか、手に取る商品は幻ではないか。

異世界の英雄ドン・キホーテは風車を巨人と思い込み、戦ったという。

ゆめゆめ油断してはならない、

手にとった商品が風車ではない保証は一切存在しないのだ。


その、ドン・キホーテの1階、簡易的なフードコートにそれはあった。

スガキヤが。

「くすくす❤おねえさんご注文どうぞー❤」

「メスガキや……」


ファンタジーみかん箱で、足りぬ身長を補って、

それでもまだ、マウントが足りぬとばかりに、

つま先立ちでゆらゆらと揺れている少女がカウンターからひょいと頭を出している。

バイトのサキュバスである。


まあ、バイトがサキュバスであったからどうということもない。

ミホスはメニューをまじまじと見つめた。

普段ならば、ラーメンにミニソフトセットをつけるだけなので、

メニューの値段をちらりと確認するだけである。

だが、今日は違う。覚悟が違う。

閉店前にスガキヤを心に刻もうという意思がミホスにはある。


「特製ラーメン大盛りのミニソフトセットで」

「かしこまぁ~❤おねえさんはぁ……ソフトクリームのタイミングどうしたいの❤」

「一緒で頼むわ」

「準備が出来たら音鳴るので取りに来て下さい」

「はい」

注文を終え、何らかの端末装置をミホスは受け取った。

大体のフードコートがそうであるように、

ここも完成した商品を客が取りに行く形式である。

音と振動で完成を伝えるので油断していると結構驚く。


さて、スガキヤのラーメンが330フグ(王国通貨、1フグは日本円で1円)

なのに対し、特製ラーメンは480フグ、大盛りで更に100フグがのる。

当然、ミホスに普通のラーメンを頼んだ経験はなし。

正直なところを言えば、怖い部分がある。

勿論、大盛り580フグなので一般的ラーメンでいっても安いほうだが、

比較対象がスガキヤである。

安いからこその魔法がスガキヤにかかっており、

特製ラーメンで魔法が解けることを、正直に言えばミホスは恐れている。


ブブブブブブブ。

「うわっ」

あれこれと考えている内に、装置が音を鳴らし、振動が始まった。

何はどうあれ、注文を取りに行く。


「くすくす❤ありがと~❤」

「どーも」


特製ラーメン大盛り、普段のラーメンと明確に分かる違いは卵があることである。

煮玉子ではない、温泉卵に近い。ゆるく熟して、味はない。

そして、チャーシューが多い。

麺の量はよくわからない、スガキヤで麺の量を意識したことはない。

ラーメンならばたくさん食べたいが、

スガキヤに行くときはスガキヤが食べたいので麺の大盛を頼んだことはない。


ミニソフトセットは280フグで

五目ご飯とソフトクリームがついてくるので、ミホスは常に頼む。

この五目ご飯とソフトクリームを含めて、スガキヤ。

ミホスはそう思っている。


スガキヤは豚骨と魚介で独特の、

まさにスガキヤとしか言いようのない味を出している。

ラーメンを食べているのではない、スガキヤを食べている――心の底からそう思う。

豚よりは魚介の風味が圧倒的に強いが、しかし豚もかすかに存在感を発揮している。


(とんこつラーメンが食いたいって言われて出したら殴られる味やわ……)


スガキヤはスガキヤである。

それに、それ以上もそれ以下も求めてはいけない。

ソフトクリームはかけるソースも選べて、

間違いなくスガキヤで一番ちゃんとしている。


「……ふぅ、食いましたわ」

スガキヤで腹が満たされることなど、初めてかもしれない。

スガキヤは腹八分ぐらいが丁度良い。

ラーメンは食いすぎるが、スガキヤはセットだけに収めようという判断が出来る。

今日だけが特別なのだ。


食べた後の食器をスガキヤに返しながら、ミホスは考える。

(しかし、こうして腹が満たされた後……

 私、ラーメン別に好きやないんかなと思うわ。

 ラーメンを食べたくて食べたくてしょうがないという気持ちはあるわ。

 やけど、いざラーメンを食べてしまうと、その満腹感は心地よくない気ぃする。

 どうにも居心地が悪いわ。ラーメン欲はラーメンで満たせんのか?)


考えながら、ミホスはドン・キホーテの2階へと向かう。

別に用事はない、というかドン・キホーテの2階に用事があることは、

下手すれば人生において数度しか存在しない。

ドン・キホーテ2階は衣料品とゲームやらパーティグッズ、

100円ショップ、魔導製品、家具。

1階が主に日常的な消耗品を扱っているので、それの逆と考えるが良い。


特に用事はない。

だが、惹かれる魅力が2階にはある。


「ボドゲ売っとる!TRPGもありますわ!」

ドン・キホーテ2階は、探れども探れども、新たなる発見が存在する。

その日もそうであった。


「……TENGAやん」

プラモデルコーナーの横に、

それ単品だけで異界よりもたらされしTENGAの詰め合わせセットが置いてあった。

価格はない。誰かがいたずらで設置したのか、戻す場所がわからなくなったのか。

TENGAとは成人男性が陰茎に用いる道具である。


「……そういやトキオのドンキにはエロコーナーあったけど、

 ここやと見たことないわ……どっかにあるんか?」

TENGAを片手に、ミホスは考える。

子供用のおもちゃコーナーはすぐ側である、

流石にむき出しでTENGAは無いだろう。

ともなれば、自分が知らないだけで成人コーナーが存在するのかもしれない。


「探すか、暇やし」

腹を満たした後は、心を満たす探求が始まる。

ミホスはドン・キホーテ2階をうろつくことにした。

どこにあるやら、TENGAコーナー、ミホスは無造作に上を見上げる。

看板の表示、その内容は『収納家具』


「TENGAも一応収納家具の部類か……行ってみるわ!」


TENGAは収納家具ではなかった。


【終わり】

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