焼肉屋でご飯を余らせた悪役令嬢

(メニューが税別表記だと、不意打ちを食らったみたいで癪に障りますわ!)

タッチパネルで注文したメニューを確認した純国産悪役令嬢ミホス・アンカディーノが心の中で叫ぶ。

ランチ時であるが、どちらかといえば静かな焼肉屋であった。

タッチパネルによる注文は店員との会話を極力避けることが出来る。

そのためか、どことなしか一人客が多いように見える。

もっとも、ミホスは別に他のテーブルを確認したわけではないので、

勝手な偏見であった。


焼肉ランチに、小皿の肉を追加したミホスの昼食は終了目前である。

1100フグ(イェーマグチにおける通貨単位、1円は1フグ)

は昼食にしては少し高いが焼肉と考えるとかなり安い。

だが、それに110フグの消費税が乗ると、とんでもない損をしたような気分になる。


(そもそも、何故貴族が税を払う必要があんねやろ。

 私のような悪役令嬢の部類は、消費税など払わないのが正解とちゃうんか?

 これは革命必要ですわ……)


この110フグが、後に革命を引き起こすかどうかはわからない。

不透明な未来よりも、今のミホスに重要な現在がある。


(肉を食べ尽くしたのに、米が余ってもうたわ)


ミホスのテーブルには、茶碗半分程の微妙な量の米が余っているのである。

肉もなければ、キムチもなく、わかめスープも無い。


この店のご飯はおかわり自由である。

小・中・大サイズに分かれており、一見絶妙な調整が効きそうであるが、

小サイズ時点で、茶碗いっぱいにご飯が盛られているため、

大サイズでひたすらに米を食べるのも悪手であるが、

しかし小サイズ連打でも米の多さに案外肉が追いつかなくなってしまうのである。


(やらかしましたわ……でも、肉が焼けると嬉しいからパクパク食べますわ。

 後先とか考えれへんもん。

 焼肉で考えられることは今焼いてる肉と、注文した肉のことだけですわ)


手っ取り早く、この状況を解消するには新たに肉を注文することである。

ランチ限定で注文出来る肉の小皿はかなり手軽な値段で肉を食べることが出来る。

おおよそ、自動販売機でペットボトルのジュースを買うのと同じ程度の値段だ。


しかし、ミホス・アンカディーノは1200フグは許せても、

1300フグになると急激に許せなくなる性質を持つ悪役令嬢である。

1500フグまでいくと逆に許せるのに、1400フグなどは親の仇のように憎い。

では1500フグ分食べればよい、かと言えば話はそう単純でもない。


(そんだけ食べたらお腹はち切れますわ)


ミホス・アンカディーノに肉だけを食べる道は無い。

肉を頼んだら当然、ご飯も食べたくなるタイプの悪役令嬢である。

ご飯を減らすはずが、ご飯が増える事態に陥るし、

そんなことになったら、胃袋のキャパシティを超える。


そして、肉以外の焼き野菜であるとか、キムチであるとか、

そのようなものを頼もうという気も、ミホスにはない。


大学生の一人焼肉にそのような選択肢は最初から存在しない。

焼肉屋でミホス・アンカディーノに注文した野菜を食べさせることが出来るのは、

彼女の母親だけである。


(……焼きキャベツの美味しさは私も認めるところですが、惰弱ザァコザァコですわ!

 肉と米、それだけを焼肉屋に求めていますの!!

 私は野菜摂取のアリバイ工作には加担しませんわ!!)


ミホス・アンカディーノは強く決意を固め、テーブルに向き直る。

追加注文という手はない。残されたものは、そう。


(というわけで、ご飯をおかずにご飯を食べたりますわ)


ミホスはご飯を箸でつまみ、焼肉のタレに一瞬だけつける。

そのタレご飯を、さらにご飯と一緒に口に放り込む。

タレをつけすぎれば、焼肉のタレの主張が強くなりすぎる。

焼肉のメインが焼肉のタレではないように、

焼肉のタレがメインにならないようなタレさばきが求められる。


焼肉のタレご飯をおかずに、ご飯を食べる。

同じご飯でありながら、そこに心の一線を引くことが求められる。

焼肉のタレをつけて、まとめて米を食うわけではないのだ。

焼肉のタレをつけたご飯をおかずに、米を食うのだ。


(……わびしいですわ!!)


焼肉屋で何故、給料日前のような食事を行っているのか。

おそらく周りは焼き肉を食べている。


(しかし、まぁ……普通に食べれてまうわ)


しかし、米が立ったご飯はそれだけで美味しく、

食欲を否が応でも進ませる焼肉のタレが絡めば、それだけで間違いはない。

焼肉屋でやっていることが間違っているだけだ。

米はスイスイと消えていく。


(ごちそうさまでした)

米の一粒まで食べ尽くし、ミホス・アンカディーノは手を合わせた。

そして、財布の中身を確認しようとして、それを目に入れた。


ホテルビュッフェ入場券。


ビュッフェ失敗の傷を、

ミホス・アンカディーノはすたみな太郎で癒やすつもりであった。

しかし、ミホスの度胸と金回りが変な方向に働き、

何故か、彼女はホテルビュッフェの予約を入れていた。


レジで支払いを終えたミホスは静かに心を昂ぶらせる。

ビュッフェへの復讐の時は近い。


レジで貰った飴を舐めながら、ミホスはホテルのプリンに思いを馳せていた。

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