ビュッフェランチに敗北する悪役令嬢

「ビューッフェッフェッ!(高笑い)」

ツイッターにミホス・アンカディーノの哄笑がこだました。

ミホス・アンカディーノは悪役令嬢であるが、

控えめなタイプの悪役令嬢であるため実際には高笑いをしない。

真顔で「ビューッフェッッフェ!(高笑い)」とツイートすると、

地元のビュッフェの門を開いた。


さて、世界には三種類のビュッフェが存在する。

すたみな太郎か、それ以下か。

すたみな太郎か、それ以上か。

すたみな太郎か、そのものか。


現代日本のインターネットにおいて、

すたみな太郎は過剰に愚弄されている部分はあるが、

実際の所ビュッフェ界ではそこまで悪いものではない。

根本的な値段の安さに加えて、種類が豊富であり、焼肉があるからである。

ビュッフェで一番悲しい行為はなにか、

食べ飽きたメニューを値段の元を取ろうとして連打することだ。

その点、すたみな太郎はメニューの拡張性と、焼肉連打で乗り切ることが出来る。

焼肉はいくら食べても飽きない。


そもそも、すたみな太郎に行く時点ですたみな太郎を受け入れているのだから、

それですたみな太郎を愚弄するというのはツンデレのようなものである。

すたみな太郎に行くような人間はなんだかんだですたみな太郎好きなのだ。

素直になれよ。


では、ミホス・アンカディーノの向かうビュッフェは如何に。

すたみな太郎か、それ以下か。

すたみな太郎か、それ以上か。


(45分の時間制限は300フグで時間無制限に解除……ドリンクバーは別料金……)

メニューを見ながら、ミホス・アンカディーノはシステムを確認していく。

実のところ、このビュッフェはミホスも何度か来たことがあり、

その度に、ぼんやりと失敗だったなぁと思いながら、帰宅している。

では、何故ミホスはそんな店に来ているのか。

第一に一番近いビュッフェスタイルの店だからである。

すたみな太郎はミホスの居住地よりはまあまあの距離があり、

行こうと思ったならば丸一日を潰す覚悟を決めなければならない。

第二に値段の問題がある。

ミホスが行ける範囲にあるビュッフェスタイルの店は当然、この店だけではない。

しかし、ホテルなのだ。

いくらランチ料金とはいえ、ホテルのハードルは山のように高い。

第三にミホス・アンカディーノ自身に問題がある。

喉元過ぎれば熱さを忘れる。

何故、失敗したのかを忘れ、

まぁ、今の自分なら上手くやるやろと楽観的にビュッフェに挑むのだ。


(食べまくった後に、スイーツとドリンクバーでダラダラ本を読みますわ。

 それが正解ベストアンサーに選ばれました……というわけで時間は無制限……ん!?)

ミホスは目を見開いて、メニュー項目の新たに追加された文字列を見た。

(寿司食べ放題……!?それも50種類!?)


勿論、ビュッフェの寿司に期待するほどミホスは無知しろうとではない。

酢飯の上に魚が乗っているものが食える――その程度のものである。

しかし、寿司食べ放題の追加は400フグ程度、ならば頼まない手はない。

不味い寿司でも、寿司は寿司。

少なくとも、魚が食えるという価値はあるのだ。


「時間無制限、ドリンクバーと寿司食べ放題追加頼んますわ」

店員に告げたミホスの静かなる声が開戦の合図であった。

ビュッフェの勝利とは元を取ることではない、満足することである。

ビュッフェに勝つべく――ミホスはお盆を取りに、席を立ち上がった。


(さて、私はこの6つにわかれた皿で行きますわ)

皿選びからビュッフェの戦いは始まっている。

大きめの皿一つに山のように食材を盛るということも出来るが、

それだと自分の胃袋のキャパシティ以上に放り込めてしまう。

6つに分かれた小さめの窪みに、少しずつ盛っていく。

それがミホスなりの最適解である。

それにこのサイズなら小鉢も置くことが出来る。


(まずは……)

ミホスは炒飯を見つけ、茶碗を取った。

速攻の前言撤回となるが、炒飯はいっぱい食べたい。

ずっしりと重めに盛られた炒飯がお盆の端に置かれる。


(やらかしましたが……まぁ、ええわ。

 後はちょいちょいっと盛っておけばバランスは取れますわ……

 あっ、あんかけ焼きそば、私あんかけ焼きそば好き)


あんかけ焼きそばはかた焼きそばとあんかけが別々に用意されたスタイルである。

先の失敗を取り繕うかのように、ミホスは少量のかた焼きそばを盛ろうとした。


(しくじったわ!!)


ミホスの名誉のために、彼女自身は本当に少量しか取るつもりが無かったと言おう。

しかし、かた焼きそばはひとかたまりになっており、思ったよりも取れてしまった。

そして、一度取ってしまったものを戻すことは――ミホスの衛生観念が許さない。

かくして小さな山のように、かた焼きそばがそびえ立つこととなった。


(あっ、あぁ~~~!!あんかけ!あんかけでバランスを!!ウォッ!!)

どろりとかかったあんかけが周囲の窪みに侵食を開始する。

この時点で、この皿の破綻は決まってしまったのである。


(ポ、ポテト……ポテトは私を裏切りませんわ!!)


フライドポテトは美味しいが、

安くて腹にたまることからビュッフェでは罠扱いされることもある。

だが、ミホスはそうは思わない。

好きなものを食べればいいのだ、ビュッフェはそれが許されている。


(あぁ~~~~~!!!トングが掴みづらいですわ!!)


勿論、許されていることと、実際にそう出来るかは全く別のことである。

トングは数本のフライドポテトを掴むだけで終わった。

勿論、何度だってフライドポテトを盛ってもいい――だが、


(けど、この調子でやっとったら満足行くまでフライドポテトを盛るまで、

 日ィ暮れるで……)


繊細な部分がある悪役令嬢はトングの使いづらさに心が折れ、次なる目標へと移る。


(あっ、水餃子。私水餃子好き)

ミホス・アンカディーノは海老餃子、水餃子、焼き餃子の順番に餃子を愛している。

食べると言えば食べるが、普通の餃子はそこまででもないのだ。

彼女自身は考えたこともないが、おそらく食感を優先しているのだろう。


ミホスは水餃子が文字通り、水で冷やされていることに多少の疑問を抱きつつも、

水餃子を一個だけ、皿に乗せる。


そして、ピザ、れんこんの天ぷらを取り、テーブルへと戻った。

だが、本番はここからである。


(寿司は注文票を書くスタイルですわね!タコ!タコ!とびっこ!とびっこ!たまご!ローストビーフ!サーモン!サーモン!)

ミホスは容赦なく、ちびっこメニューを注文票に書き込み、店員に提出した。

ドリンクバーでドリンクを用意している間に、寿司は用意される。


(う~ん、やっぱり単品で食べたいですわね!!!)

ローストビーフを見ながら、ミホスはそう思った。

ローストビーフ単品を連打出来るなら、そのビュッフェは勝ちが決まっている。

だが、そうはいかない。

永遠の愛を誓った恋人のようにローストビーフの下にシャリが控えている。


ミホスは通常メニューを先に口に運んだ。

そこに大した理由は存在しない、テーブルに醤油が備わっていないので、

席を立って、醤油を取りに行かなければならなかったからである。

美味い。

次に醤油の必要がない、玉子、とびっこと口に運んでいく。

そして、少し悩んでローストビーフを口に運ぶ。

下味がついていればローストビーフはそのままでも十分に美味しいが、

醤油とわさびでローストビーフはより美味しくなる。

しかし、どうせ食べ放題なのだからと、

まずミホスは素材そのものを楽しむことにしたのである。


(うん……美味しいですわ、

 とびっこがボロッボロにこぼれ落ちていくのはご愛嬌やけど)

とびっこは海苔に包まれていない、

手巻き寿司に近い形式でなんとなく巻かれているだけである。

しかし、ビュッフェの寿司に贅沢を言うつもりもないのだ。

ミホスは醤油とわさびを取り、そしてタコに醤油をつけようとして気づいた。


(シャリボロッボロですわ!!)

ミホスは一口で寿司を放り込むタイプの悪役令嬢であるゆえに気づけなかった。

タコを醤油につけようとして、シャリがボロボロと崩れていく。

だが、シャリだけの問題でもない。

永遠の愛など最初から誓っていなかったかのように、

ネタもあっさりとシャリから離れていく。

それは寿司という概念に対する挑戦のようであった。

ボロボロのシャリにネタを乗っけただけで寿司と言うつもりなのだ。


(昼間から、ビュッフェ来てんじゃねーぞと、

 店員が寿司で憎悪のメッセージを伝えてきているかのようですわ!!)


だが、ミホスは口の端を僅かに歪め、

最早寿司というよりは、異形の刺身おにぎりを口に放り込んだ。


(ビュッフェの寿司食べ放題なんて魚が食べれりゃそれでいいんですわ!!)

タコとサーモンをパクパクと口に放り込むと、黒烏龍茶を飲み、

次の注文へと移行した。


諦念――それこそがビュッフェでの勝利の鍵を握るものである。

ミホス・アンカディーノの勝利は目前であった。


(さーて、お腹いっぱい食べたので、スイーツタイムですわ!!)

実際、ミホスの勝利は揺るぎないように思えた。

ソフトクリームメーカーとスムージーメーカー、そしてワッフルメーカー、

この三つはスイーツタイムの最大の味方である。

焼きたてのワッフルにソフトクリームを乗せれば、

熱々と冷々の二重感触が舌を楽しませる。

スムージーは自分の好きな果物を選べるし、

ドリンクバーの豊富さ、それに加えてソフトクリームを使えば、

それこそ無限大の可能性が目の前に広がっている。


その他のスイーツコーナーのスイーツも、

大して期待は出来ないが賑やかしにはなるだろう。

そう思いながら、

ミホスは小サイズのブラウニーやティラミス、シュークリームを皿に運び、

そして気づいてしまう――自家製プリンの存在に。

そのクラシカルな見た目は、否が応でも圧倒的な甘味をミホスに期待させる。


(来てしまいましたわね……勝利が)


最後に自家製プリンを食べるという形を組み立てながら、

ワッフル以外は然程でもない、スイーツ群をミホスは口に運んでいく。

だが、良いのだ。

自家製プリン――こんなものが不味いわけがない。

そして、ミホスは自家製プリンを口に運び、困惑した。


(えっ……)

ミホスは一瞬、

コンビニのシュークリームの甘さで他の甘味の甘さが消える現象を思い浮かべた。

それほどまでに、自家製プリンは無味だった。

何の甘みもしない。


(いやいや、ありえへんって……)

ミホスは黒烏龍茶で口をそそぎ、もう一度自家製プリンを口に運んだ。

やはり、そうだ。


(味が……無い……)

見た目は美味しそうなクラシカルプリンである。

しかし、食べてみれば少し固めの食感があるのみで、何の甘みも存在しない。

それは最愛の人に裏切られるかのような衝撃だった。

許されていいのか、味のないプリンなどというものが。


(NTRで脳が破壊される時代はもう遅いですわ……

 これからは味のないプリンで脳が破壊される時代ですわ……)


味わった裏切りは、何の味もしない。

ただ、ただ、虚無だけが口の中に広がっていた。


もう、それ以降は何も手につかなくなってしまった。

一粒の砂糖も入っていないかのようなプリンという存在が、

ミホスの中から消えなかった。


それは敗北を超えた呪いであった。


世界には三種類のビュッフェが存在する。

すたみな太郎か、それ以下か。

すたみな太郎か、それ以上か。

すたみな太郎か、そのものか。


ミホスの呪いを解けるものは――

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