回転寿司食べ放題の店で唐揚げを食べ続ける悪役令嬢

注意書きが置かれた皿が、儀式めいて魔導ベルトコンベアの上を回り続ける。

以前は、回転寿司と呼ばれる料理が魔導ベルトコンベアの上を回っていたが、

なんらかの理由により、最早寿司は回ることをやめてしまったらしい。

「しょんぼりですわね」

ミホスの桜色の唇から、回転を止めた寿司への追悼の言葉が漏れる。

彼女の纏う異界よりもたらされし高貴なる黒ジャージが、喪服のようであった。


彼女は今、かつての回転の面影を伺わせる回転しない回転寿司屋に来ている。

ランチタイムは1000フグ(通貨単位:1フグは日本円にして1円)で

板前(寿司を握ることを許されたシェフ)のおまかせ握りを食べられる店である。


寿司は8貫(通貨単位:寿司を数える時に使われる)、1貫ごとに種類は異なる。

カニマヨ軍艦だけは、早めに処理する。

彼女はマヨネーズを嫌っている――否、正確に言うならば憎んでいた。

食べられないことは無いが別に好きでもない、しかし世界では愛される。

許せぬ、と思っている。


当然の権利のように、マヨネーズという存在は料理を侵食する。

悪意ではない、愛情が故である。

それをすれば料理人は美味しくなると思っている。

皆が皆、マヨネーズを愛していると思っている。

人のマヨネーズを愛する心を、ミホスは決して理解出来ぬ。


だから、許せぬ。

愛情という名のもとに殴りつけられる感触に近い。


なので、さくっとマヨネーズを食べる。

そして、味噌汁を啜る。


海老の頭とブリのあら、そしてわかめが入っている。

確かに海老の風味を感じるような気もするし、そうでないようにも思える。

だが、視覚は海老の頭が入っていることを味噌汁に入っていることを喜んでいる。

だから、それで良いのだ。


骨から魚の身を小削ぎながら、味噌汁を啜り、寿司を食べる。

今となっては回らない寿司を。


かつて、寿司が回っていた時代を思い出しながら。



かつて寿司が回っていた頃、

ミホスがテーゴクシコク大陸から魔導始発鈍行列車を乗り継ぎ向かったのは、

ケウス大陸、ファクオウカ王国の首都ハルクトであった。

ミホスの故郷にして将来の領地であるシェモセキ領は、

イェーマグチ王国に属するが、ファクオウカ王国とも油断ならぬ関係が生じている。

現代日本でいえば、広島県が実効支配する山口県岩国市のようなものである。


故に、その関係性をいい感じのものにするために、

シェモセキの悪役令嬢たるミホスが、外交使節としてなんかするのである。

しかし、具体的に何をするかに関しては、

この物語と直接関係はないので、語ることを控えよう。

さて、外交行為は夜まで続き、ミホスは魔導カプセルホテルに宿泊した。

惰眠を貪っていれば、もうチェックアウトの時間である。


「……あら」

くう、とミホスの腹が小さい声で空腹を訴えた。

魔導カプセルホテルの朝食はバイキングであったが、結局食べ逃してしまった。

狂ったようにカレーを食べる好機であったが、

過ぎ去った時間に関してはどうにもならない。


「どないしようかしら……」

ハルクトといえばとんこつラーメンのような気もするが、

イェーマグチでも割と、とんこつラーメンを食べる機会は多い。

うどんも悪くはないが、せっかくであるのでがっつりと食べたい。

モツ鍋――その素晴らしい言葉がミホスの脳裏をよぎる。


だが、家ならばともかく一人で外で鍋を食べるのは中々にハードルが高い。

一人で焼き肉を食べる分には特に何も思わないのだが、不思議なことである。


いくつかのアイディアが浮かんでは消え、

最後に残ったものはまるでハルクトに関係ないようなものだった。


「寿司がええですわ……」


ハルクト魔導バスターミナル、その8階には様々な飲食店を有している。

その一つが、回転寿司屋である。

それも、ただ寿司が回転するだけではない。

料金を払うことで、

40分間寿司が食べ放題になるという恐ろしいシステムであるのだ。


寿司の食べ放題など、そうそうあるものではない。

大人料金と子供料金はともかく、

男性料金と女性料金にまで別れていることを訝しながら、

ミホスはハルクト魔導バスターミナル8階の回転寿司屋に入店したのである。


「景気よう回ってますわ……!」

あまり広くもない店内で、所狭しと魔導ベルトコンベア上を寿司が回っている。

アトランダムである。

目の前にあるネタをひたすら目の前に叩きつけるかのように、

板前は寿司を魔導ベルトコンベアに置き続けている。


「……とりあえず、玉子ですわ!」

40分はバイキングの中でも中々に厳しい方の時間制限である。

今日ばかりは堕落を誘うインターネットの出番はない。

せかせかと寿司を食べ続けるのだ。


回る玉子に狙いを定め、皿を取る。

幼少期の頃は生魚が苦手で、回転しない寿司屋に連れて行ってもらっても、

玉子ばかり食べていたものだが、今となっては玉子を選ぶことはまず無い。

ミホスが今行く寿司屋はだいたい、どの皿も値段が同じになる回転寿司である。

タコ2貫と玉子2貫が同じ値段ならば、ミホスはタコを選ぶ。


だが、食べ放題ならばいくら食べても値段は変わらない。

なれば、玉子を食べるのである。幼少期の頃に、最も愛した玉子を。


「うん!玉子の寿司ですわ!」

美味いとも不味いとも言わず、

ミホスの目は次の寿司を求めて魔導ベルトコンベアを彷徨う。

玉子の寿司である。それ以上でもそれ以下でもない。


「マグロ……とマヨネーズの何やねん?」

大体の回転寿司というものは同じネタが2貫、一つの皿に乗っているものであるが、

この店の場合は、別々のネタが同じ皿に乗っていることもあるらしい。

なにせ、食べ放題であるのだ。

同じ組み合わせの寿司を2枚食べれば腹の中では結果として同じになるのだから、

そうすれば良い。


「うん……マヨネーズの入ってないものを狙わないとあきませんわ!」

サーモン、タコ、イカ、ひたすらに取っていく。

マグロなどの皿に1貫だけしか置かれていないものが混ざっているが、

これは別にミスというわけではなく、そういうものなのだろう。

食べ放題であるのだから、その分皿を積めということなのだろう。


「うん……うん!」

寿司の味である。それ以上でもそれ以下でもない。

美味いとも不味いとも言えない。

そもそも回転寿司の食べ放題に味など求めない。

ほしいのはただ満足感それだけである。


寿司は口に運べば一口で消えてしまう儚い食べ物だ。

気がつけば味蕾に僅かな残滓を残して、後に残されるものは皿だけである。

夢幻を食べているようなものである、それでも懲りぬように寿司屋へと足を運ぶ。

寿司を抱きしめたいと思う。

腕いっぱいに寿司を抱きしめて、愛していると囁きたい。

涙ながらに訴えれば、寿司は行かないでくれるだろうか。

いや、それでも寿司は消えてしまうのだ。

ただ、記憶の中だけに満足感を残して。


だから、食べ放題に味などは求めない。

寿司を、何度も何度も繰り返し食べたい、ただそれだけである。


「あ、茶碗蒸しと唐揚げの食べ放題に、ドリンクバーあるじゃん」


寿司ばかり食べることに問題はない。

だが、ミホスはマヨネーズを食べたくはないので、

必然的に食べれるメニューが減る。

そもそも回転する寿司ネタの品目自体がさほど多くはないので、

先程食べたようなものが再び回るし、

いくらなんでも同じものを食べ続ければ寿司でも飽きる。


ミホスの手が唐揚げに伸びる。

唐揚げは回っていない、魔導ベルトコンベアとは別の位置に置かれている。

その唐揚げを席に運び、黙々と食らう。

唐揚げの甘酢炒めである。思っていたものとは違うが、唐揚げは美味しい。

寿司が魔導ベルトコンベアを回る。

カルピスを飲む。唐揚げを食べる。

唐揚げだけは人間を裏切らない。

そして時間は終わる。


終わらないバイキングはない。

寿司の満足感とは違う、唐揚げの満足感に腹を撫ぜて、ミホスは店を出た。



かつて、寿司が回っていた時代を思い出しながら、

ミホスはサービスランチを平らげ、いくつかの追加注文を行う。


「やっぱ寿司は、ちゃんとしたものを食べるのが一番ええですわ」

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