二章 オオカミ少年と誠の侍 その10

「呆れた芯のタフさだぜ。見ろよウルフィ、こいつ“アレ”を喰らって腕を組んであぐらを掻いて生きてやがる。」

 バルナバは狩山 五郎を見た瞬間ニヤニヤしながら言った。月は二つの影を優しく照らす。

「いやあ、斬界って言ったっけか? 効いたぜ〜。もう回復したけどな。」

「……。」

「おっさんも流石に倒れていると思ったんだけど、恐れ入る。侍ってのはみんなあんたみたいに強くてストイックなのか?」

「……侍は誰にだって成れる。努力と信念が図太い人間がたまたま某の故郷に多いだけだ。」

「東武国っつったか? あんたみたいのがいっぱいいるってゾクゾクとワクワクが交差する情報だな。いつか行ってみてえなぁ。」

「ゲフッ!」

 五郎は突然口から血を吐き出した。バルナバはニヤニヤが止まらない。

「……某は負けたのか?」

 五郎が訊くと、しばらくの合間の後にバルナバは答える。

「あんたの方がわかってるんだろう? 身体が言うこときかねえって顔に書いてある。」

 バルナバはそう言うと、目の前に落ちていた刀を拾った。

「このままあんたが息絶えるまで見てるのも乙だが、あんたの武器であんたにトドメを刺すのもいいかもな。」

 バルナバはそう言いながら刀の刀身を振って五郎の首横で寸止めした。五郎は一切臆しなかった。それどころか口を開けた。

「某の瞳の奥底を見なはれ。そいがおまはんの姿よ。」

 バルナバと五郎は見つめ合った。五郎は再び口を開ける。

「おまはん、己を誇れるか?」

「ああ、誇らしいね。俺は今宵、不屈の戦士―侍を討ち取るんだからな。」

 バルナバは一旦刀を地面に突き刺して、右手で獲物を指さした。

「俺の物語は始まったばかり。だが残念ながらあんたの物語はここで終わる。悲劇的な無駄死にだ。あんたの肉は俺が全部食ってやる。」

 バルナバがそう脅すと、彼が驚くことが起きた。五郎が笑顔をみせたのだ。

「某はおまはんをどうしても憎めぬ。不思議とおまはんを嫌いにはなれん。」

「はっ、何言ってんだよおっさん⁉︎ 俺達は殺し合いをしていたんだぞ⁉︎」

 バルナバは動揺する中、五郎は話を続ける。

「某とおまはんがもっと早く出逢えていれば、あるいはこうはならなかったのだろうか? いやよそう。某は未来の担い手であるおまはんに倒された。それがこの上ない本望だと今さっき気づいた。」

 五郎の心は澄み切っていた。

「今のおまはんは間違いなく悪の権化そのもの。だがおまはんの闇がこれから出会う者達の光によっていつか浄化されることを信じて託そう。某はおまはんを許す。おまはんの存在を愛し、喜ぼう。」

 五郎は優しく微笑んだ。バルナバはブルブル震えていた。ウルフィは気にかける。

(お、おい…。大丈夫かい、バルナバ?)

「ふ…。」

 バルナバは衝動的に刀を握った。

「ふ……。」

 バルナバは構えた。

「ふざけんなぁー!」

 バルナバは勢いよく刀を横に五郎の首目掛けて振った。五郎はまだ微笑んでいた。

 ズバーン!

 五郎の首は綺麗に斬れた。五郎の顔はまだ微笑んでいた。

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