二章 オオカミ少年と誠の侍 その4

(君さ、よく飽きないね。)

「なんだお前、人間喰いたくないの?」

(いや、そういう訳じゃないよ。ただなんか…んん〜。)

 ドランケンの町を出て夜の森を走る小さな狼の二つの意思が会話をする。

(おいらはさ、君達も食べる動物の肉でもいいんだぜ。無理に夜に人間狩りをしなくても…)

「俺は喰いたいのさ! 恐怖を! 絶望を! そびえ立つ悪を!」

(いや、お前も充分悪だけどな! ……君、無理にはとは言わないけど、もう少し性格を変えた方が…)

「あっ、着いたぞウルフィ!」

(無視ですかー?)

 狼は森の抜けた崖の上から町を見下ろした。

(ドランケンの町とあんま変わんない気がするね。)

「視覚は相変わらずバッチリだな、ウルフィ。だがドランケンと違い栄えている…汚いお金でな。」

(汚いお金?)

「人の弱さを利用して、限界まで絞られたお金だ。今日はそれを動かしてる頭を叩く。」

そうバルナバは言うと、災狼は崖から町へ飛び降りた。そこからバッ、バッっと二足でしばらく屋根を跳んでいると、目的地に辿り着く。

「どうやら寝ているようだ。」

 バルナバは他の家より一人頭抜けた建物の中に生命反応のあることを狼の肌で感じ取った。

「ひっひっ、どう料理しようか。選択肢を考えるだけでワクワクするもんだな。なあウルフィ?」

(見つけたぞ。禍々しい殺意の邪念!)

「…ウルフィ、お前そんな声だっけ?」

(横に避けろ、バルナバ!)

「あっ、元に戻っ、グッ!」

 バルナバは避けずに、即座に後ろを振り返り両爪で心臓を守るように構えた。

ギギギギ!

十の爪は縦に弧状の衝撃波を受け止めた。バルナバは柄にもなく汗を流す。

(これは、飛斬⁉︎ 爪が折れそうで体が悲鳴を上げてる。)

「くっ!」

 バルナバはなんとか横にかわした。すると一人と一匹は違和感に気づいた。

「飛斬が撃たれた方向に誰もいねえ…。」

(一帯にもそんな強い気配感知できないぞ?)

 ふと人狼は後ろを振り向く。

「傷一つない。だが俺らは直に当たってたら死んでたぞ。」

(回避したか。)

「お前こんな時に、声変えるなよ。」

(この声おいらじゃないよ。おそらくこの声の主が攻撃した本人で…)

(これならどうだ⁉︎)

「グアあっ!」

「痛いよおいら!」

 災狼は見えない拳を頬に喰らった。ウルフィを思わず生の声をあげてしまう痛みだ。

(……この声、お前のじゃなかったんだな?)

 ぶっ飛ばされて誰もいない道に落とされても、バルナバは冷静に心の声で囁いた。ウルフィは思わず生の声で嘆いていた。

「痛い、痛い、痛い、いた、」

(落ち着けっ!)

「ぶう!」

 災狼は自分の拳で自分の顔を殴った。おかげでウルフィは落ち着いて静かになった。

(痛いのは俺も一緒だ。それ以上ヘタレたら追い出すぞ。)

(ご、ごめんちゃい。)

 ウルフィはバルナバに謝った。そして分析する。

(人頭抜けた建物の中に生命反応のあることを狼の肌で感じ取ったってことでいいですか?この声はどうやらおいらたちのの心に一方的に話しかけてるだけで、会話は不可だね。)

(心の中も読まれないってことか?)

「おそらくこうして話しても聞こえないよ。」

狼の顔状態の口は動いた。続いて少年の声が狼の口から発せられた。

「つまり…。」

 バルナバはそう言うと狼の手を顔の目の前に置き、人差し指だけを出した状態にして、そこから爪を小さな刃のように一本引き出した。災狼の耳は研ぎ澄まされていた。

 シュッと音が聴こえる斜め後ろ。災狼はバッと振り返って一本の爪を音の方向に刺した。

「細かい動作はわからないんだな。」

刺した先は空だったがまるで何か破裂したような音がした。災狼はおおいにニヤけた。

(うっ! これは爪か⁉︎ 刃に刺されたような痛み!)

 声が災狼の耳に鳴り響く。

「あれ? 声が…。」

 ウルフィは思わず声をあげて驚愕した。バルナバは冷静に説明した。

「透明人間か幽霊の類だと推測もしたが、どうやら違うらしい。遠隔でできる攻撃手段だな。」

(魔物よ。某の拳を見抜いたは見事。しかし某には槍がある!)

 突然細長く、直線的で細長い衝撃波が腹目掛けてやってくるのを悟り、災狼は横に避けた。

(賢き獣よ。しかしっ!)

 ボオオオン!

「「ぐあああ!」」

(某不器用故、槍だけは手加減できぬ。投げた先や突いた先の周りは爆風が漂う。……風の勢いを利用して森に逃げたか…。どうりで感知できん。)

 まあまあそこから離れた町の上が平らな時計台の上で座っていた狩山 五郎は静かに目を開けた。右手からは少し血が出ていたが、すぐに拳を顔の前で握っていた。

「今宵は取り逃してしもうたが、充分な目星がついた。」

 一方森の中にいた災狼は息をハァハァ切らしてドランケンの町近くまで移動していた。

「一旦出ろウルフィ。」

 たちまち一人の少年と丸っこい毛むくじゃらの小さい狼が向かい合う形となる。バルナバは口を開ける。

「ドランケンの町にこのまま入ったら同じことが起きる気がする。お互いのためにもこれがいい。」

「なあバルナバ、悪いことは言わんよ。夜出歩くのはもう辞めようぜ。今まで喰ったり倒したりした相手はおいら達が合わさった怪人的な力で圧倒できた。だが今回は明らかに達人だ。おそらくプロジェクトM関連の誰かに依頼して……」

「お前を狩りに来たんだろう?」

 しばらくの間沈黙が流れた後、ウルフィはコクリと頷いた。バルナバは珍しく、優しくウルフィの頭を撫でながら一言掛ける。

「俺の前から消えるなよ。」

 またしばらくの沈黙が流れる。

「あはははははは!」

 バルナバは突然天に向かって高笑いした。ウルフィはもちろん動揺する。

「な、なんで笑うんだよ。お前怖くないのか?」

「あーん? もちろん怖いさ。心臓の脈拍が収まらねえ。恐怖が俺の心の引き戸をバンバン斧で叩きやがる。」

 バルナバはニヤけたまま、そっと心臓に手を置いた。

「こんなに圧倒的な恐怖を感じた相手は、四年前にこの手で殺した親父以来だ。」

 バルナバは両手を広げる。

「ヒュー、ヒュー、ええやないの〜。この感覚。緊張感。強者とのぶつかり合い。俺らを狩るって? 今度我らと出くわしたら覚えてろよ。冥府の前の生き地獄を見せてやらあ。」

 バルナバは敗北と逃亡を味わったばかりの夜にそう誓った。

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