二章 オオカミ少年と誠の侍 その8

 森の奥深く、狩山 五郎は座禅を組んで、目を閉じて考え事をしていた。

(某は…だいぶ飛ばされた。不覚でござる。あの町にはもう邪気が感じられん…待とう。某は闇には慣れっこでごわす。殺意の邪念よ、おまはんの悪事は今日限りじゃ。)

 五郎は決意を固めると立ち上がり、謝罪の一礼をした。

「某がぶっ飛ばされたせいで傷ついたり、折れた木々よ。すみません。」

 五郎は次により深くお辞儀をする。

「これからの戦いに巻き込まれる森よ。すみません。おまはんらを直すことはできぬ。しかし、某これでも自然を愛し敬意を称す者。これからもそれを心掛けさせてもらいやす。」

五郎はそう約束すると、刀を抜いた。刀はいつの間にか長槍に変わっていた。

 一方で五郎のいる位置に向かって、災狼は四足歩行で走っていた。

(なあ、今夜はずらからねえか? いい脅しにはなったから、斬界の侍ももうおいらたちを狙わねえじゃねえか?)

(本気で言ってるのか? お前も読んだはずだ。意志が強い侍はしぶとく、諦めが悪いんだ。)

「俺はそんな大層な心を持った奴をバッキバキにぶっ壊してえんだよ。」

 バルナバはつい口に出してしまった。しばらくすると、まだ遠いが、人影が見えてきた。人影も災狼に気づいたのか、大声をあげる。

「邪念の獣、ウルフィ! おまはんは既に、某の殺傷射程範囲だ!」

 バルナバたちはそれが聞こえた瞬間、まだはっきりと見えない人影から何か飛んできた。

「「痛ええええ‼︎」」

 勘で災狼はかわそうと右に逸れたが、体に掠ってしまった。だが、歩みは止まらずに獣は走り続けた。

(ウルフィ、どう思う?)

(……貫通型の銃弾?)

(っぽい何かだな。だが鉛の匂いも感触もしなかった。)

(じゃあ飛斬か? だとしたら攻撃範囲はもっと広くて、おいら達の眼なら捉えられるはずだ。)

 しばらく走っていると、相手がまあまあ見える視界に入って、二人は驚くことになる。

(バルナバー、あれ長槍じゃない⁉︎ 刀しか持ってなかったよね? 逆に刀が見当たらないぞ!)

(嘘だろ。まさかあの槍で貫通型の細長い衝撃波を? はっはっ、とんでもねえぜ。)

(まずいよ! あいつ構えてるよ! あいつまた撃つよ! バルナバ、策は⁉︎)

(予想外過ぎてナッシング〜。)

(おいいいいって!)

 バルナバとウルフィの脳内会話を聴こえるはずもなく、五郎は叫ぶ。

「某の先程の技―飛貫、銃突は小手調べ。」

 五郎は空いた左手をパーに正面に置き、槍を持った左手ににグッと力を込めた。

「某の槍は長―い! 飛貫、連射砲!」

 五郎はそう言うと、わたたと叫ぶと共に、槍で連続で空を突いた。槍から出た衝撃波は災狼目掛けて直線的に放たれた。

「ちくしょう!」

 バルナバはそう言うと、災狼は二足で立ち上がり、手の役割になった前足の爪を伸ばした。

 シャン、シャン、シャン!

 前方の衝撃波を、鉄と同じくらい硬い爪で災狼は防ぎ切ろうとした。

(くそお、あのおっさん腕の動きが速すぎる。防ぎきれねえ! くううう……ん? …怒涛の攻撃が止んだ。…前にいた狩山がいねえ!)

(バルナバ、上だ!)

 ウルフィが注意すると、災狼は上を向いた。五郎は自分自身の身長の五倍くらいの高さいて既に槍で構えていた。

「読みが甘か! 全て遅か! 判断鈍か! 飛貫、雨突き!」

 ドドドドドドドド! 無数の槍の衝撃が災狼と周りの地面をを襲った。上から下へ、重力に従う技故か、威力は飛貫、連射砲の倍だ。

「「があああ! あああ! ぐああああ!」」

 災狼はあまりの痛みに悲鳴をあげた。バルナバは心の中でも悲鳴をあげる。

(い、一撃が重すぎんだよ! 奴め、己の攻撃の反動で浮いてやがる! 鳴り止む気配がねえ! 再生が間に合わねえ! このままじゃ…)

(落ち着け、バルナバ! 穴を掘れ)

「あっ。」

 ドドドド!

「むむ?」

 五郎は違和感に気づいた。災狼のいる位置が予想以上に砂ぼこりにが舞っていた。

(某の飛貫、雨突きは倒すために当てる槍も逃さぬために囲む槍も威力は等しい。)

「はっ!」

 五郎は攻撃を止めるために槍を引いた。

「なんと⁉︎ 穴を掘って逃げなすった。」

 着地した五郎は災狼がさっきまでいた場所に小さな穴があったことに気づいた。

「大きさも調整できるのか。……ふん!」

 背後の殺意に気づき、狩山 五郎は槍で防いだ。

 カキン!

 災狼の爪と鉄製の槍がぶつかった。両者は睨み合う。

「某の目の奥底を見られよ! それがおまはんの卑しき姿よ!」

「ガルルル!」

(おい、ウルフィ俺ら死角から攻撃したよなぁ? 不意打ちだったよな? なんで気づかれた)

(わっかんないよ〜。)

(侍は怪人の力がなくても殺意を感じ取れるんだな。とんでもねええ! 溜まらんぜ、こりゃ。 人狼が今にも押し合いで負けそうだぞ。いえーい。)

(なんで嬉しそうなんだよ⁉︎ 一旦下がろう。君なら同じ技が来ても、今度は策があるんだろう?)

(俺の恐ろしさを理解させようじゃねーか。)

 災狼は後転した。五郎は跳んだ。

((予想通りだな。))

 二人はそう思うと、即座に災狼は右の肉球を腹と胸の間の位置で上に向けた。一方で左手は爪を一本出して下に向けた状態で、右肉球の少し上回りを腕の筋肉でビュンビュン回した。

「飛貫、雨突き!」

 ドドドド!

 またしても無数の槍が災狼を襲う。

「ぐううう、つううう!」

 それでも災狼は動きを止めなかった。

「「肉球竜巻!」」

 災狼は叫んで、左腕の動きを止めると、右手の肉球から小さな竜巻が発動した。

「なんと!」

 斬界の侍と恐れられていた狩山 五郎でさえ驚いていた。

 ブオオオン!

 豆台風は大きくなり、槍の衝撃を全て跳ね除けた。

「ぶああああ!」

 下から上へ、竜巻の風圧を五郎は喰らってしまった。槍は彼の手元を離れてしまい、体は木々を越えて上空へぶっ飛ばされた。

(今度こそやったね、バルナバ。あんな高くぶっ飛ばされちゃ、さすがの斬界の侍も…)

(着地はできると思うぞ? ここから少しズレた場所だと思うがな。敵を舐めすぎた。)

 バルナバは冷静にウルフィを指摘する。

(どうする? 追うかい? 待つかい? 逃げるかい?)

 ウルフィはバルナバに質問をした。バルナバは冷静に答える。

(最後の選択肢だけはねえだろ。……さっきは追った。次は待とう。)

「森は獣のホームグラウンドだ。」

 バルナバはそう言うと、敵が着地したであろう方向を見据えて待ち構えた。

 ドドドド!

 しばらくすると激しい足音と共に、こちらに向かって走っている侍が見えた。

(自分の居場所をこうもわかりやすくアピールしてると、狩りもつまらん。そう思わないかウルフィ…)

 バルナバが脳内でウルフィに話しかけたのが命取り。勢いよく走っていた狩山 五郎は突然消えた。

「「え…」

 ズシュウウ!

「ぐわああああ!」

 突然災狼の腹部が横に斬撃を喰らった。後ろから声が聞こえる。

「某を筋力任せの根性論だけの侍と…」

 ガシャっと五郎は刀を鞘に戻した。

「思いなさんな!」

 何が起きたか。音を立てた五郎の走り方はあくまで油断を誘う陽動。程よい距離までに近づいた頃、目にも止まらぬ速さで急接近してスパッと斬り、突き進んだ次第だ。一瞬だがとてつもない速さで移動したので、刃以外の五郎の体は災狼をすり抜けた。バイ菌が体へ侵入したのには裸眼では気づけない恐怖だろう。悲鳴をあげながら苦しむ災狼に五郎は話しかける。

「某の技、居合い―疾風の燕のお味はいかがだったかな、災狼?」

 これに対して災狼は残っている痛みに対して悲鳴を出し続けるしかなかった。

「今から、おまはんには連続でお喰らいいただく。」

 ズシュっという音が連続で森に響いた。災狼の肉片は無惨に斬り刻まれていく。怪人の体に対して慈悲はない。再びガシャっと五郎は刀を鞘に納めた。激痛を感じながら、それでも災狼は立っていた。

(充分弱らせた。そろそろ自我を支配された寄生源の被害者を解放できるのではないか?)

 そう思い五郎は振り向くと、災狼の体は彼の方を向いていた。腹はガラ空きの隙ありだ。五郎は右手の四本の指を平行に伸ばして構えた。

「邪を取り除き、魂を救わん!」

 五郎の掌は真っ直ぐに災狼の腹に直撃した。

「仏骨掌底!」

 たちまちウルフィの体は寄生源の後ろへと弾き出された。しかし、五郎は驚愕する。

「なっ⁉︎」

 五郎が驚くのは無理もない。でっかくて怖い狼の毛皮の下には今日の昼に会話を交わした少年が立っていた。

「き、君は⁉︎」

 五郎は何歩か下がった。すると五郎はポロポロ涙をこぼし始めた。

「少年よ。すまぬ。もっと早くに気づければよかった。だが悪夢は終わりだ。君は自由だ。」

「何をしてるぺちゃんこモジャモジャボール。さっさと戻れ。蹴るぞ〜。いやだよなー?。」

「ヒー! も、戻るよー!」

「え?」

 バルナバの発言に五郎は再び言葉を失ってしまった。ウルフィは慌ててバルナバの背中から中に入った。

「おまはんは自由を奪われて操られていたんじゃないのか?」

「強靭な心と曲がんない精神を持ってるのは侍だけの専売特許じゃねえってこった。」

「今まで災狼に殺されたと言われていたここら周辺の死亡者は…」

「ヒュー、ヒュー。さっすが侍、流石武士。おっさん冴えているね〜。俺様の意思で、俺様がこいつを利用して、我らが殺ったんだよ〜。こいつと出会ってから強欲で傲慢な人間の血と悲鳴は俺の糖分。」

 ニヤニヤしながらバルナバが言うと、五郎は膝をつけて再び涙をポロポロ流してしまった。バルナバはその行動を不快になってしまった。

「おいおい、大の大人が情けねえぜおっさん。今更びびって戦えないんでちゅか〜?」

「…悲しか。まっことに悲しか。何故……何故おまはんは幼くして己を殺しの快感に身を浸らせる?」

 五郎が問い詰めると、バルナバは舌打ちをして反応する。

「いい人ぶってんじゃねえよ。俺が喰ったり殺した邪魔な奴は非道なギャングや横柄な代官やその手下、偽善的な騎士、ハタ迷惑なクズだけだ。」

 そう言うとバルナバは五郎を指さした。

「お前だって金のために刀や槍で散々殺してきたんだろう? お前の評判はいいもんだけじゃねえだろ。知ってんぞ〜。」

「左様。否定はせぬ。某も生活がある故。だが同時に、某は正義のために悪をいざ斬らんと誓ったのだ。おまはんの中にいる獣も然り。悪の権化と聞いておる。」

「へぇ〜。じゃあ、俺も斬らないとな。」

 そう言うとバルナバは長身の狼に再び変身した。

「俺を倒さないと、あんたは正義を曲げんといけないよな〜。この世界がまた悪の株を上げるぜ。」

 災狼の周りを風が回った。小さな竜巻が発生していたのだ。それに対して五郎は必死に涙を拭って、合唱をする。

「強靭な心? 笑止。おまはんは楽な方法でねじ曲がった正義を醸し出しているだけだ。曲がんない精神? またもや笑止。おまはんは偶然に身を委ねた執着者に過ぎぬ。」

 五郎はそう言いながら、集中していた。

「風を作るは怪人の専売特許と思いなさんな!」

 ビュウウウウウウウウウウウ!

 五郎の体の内から全方向に爆風が解き放たれた。

(ゲッ! どうなってんだウルフィ! 俺たちの風を完全に打ち消しやがった! あいつ本当に人間か⁉︎)

(いやあああ! 怖いよ、バルナバ! あいつの発する風が強すぎて鳴り止まないから、こっちはまた風も作れないよー!)

 災狼は地面についた二本の足の爪で踏ん張るのがやっとだった。それに対して狩山 五郎は不敵に笑う。

「某は腹を括った。情けを捨てる。おまはんを子どもとはもう見ん。この世に害を招く怪人と見なそう。」

 五郎は再び刀を抜いて、雄々しく構えた。

「過去の栄光にすがり語るのは少々気が引けるが、某はある悪しき吸血鬼を屠ったことにより世間がある名を広められた。……斬界の侍。そう言われ続けた某の最上の業、ご覧あれ。」

 五郎の刀がピカッと一瞬光った。

「斬界!」

 五郎は刀を振った。

(ん? 不発の飛斬か…?)

 ブシュウウ! 災狼の腹部が突然斬られた。

「「ぎゃあああ!!」」

 今までより重い一撃に災狼は外も中身も悲鳴を上げた。

(痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛いよー! おいら物理的に文字通り胸が張り裂けそうだ!)

(クソッ! 風に添えられた斬撃か? 軌道が見えねえし、速すぎる! 奴の作る風が届くところが奴の射程範囲か? 逃げ場がねえじゃねーか!)

「おまはんには残念だが、今のは前菜に過ぎぬ。」

 災狼の思考に構わずに五郎が言うと、ビュッビュッビュッっと連続で刀を振った。同時に災狼の体は削られるように切り刻まれる。

「「があああああ!」」

(おい、ウルフィ!)

(痛いよー!)

(痛えのは俺もだ! だがまだ冥府の扉は見えちゃいねえ! 痛いのはまだ生きてる証拠だ。しっかりしろ! 前には行けねえが、風に乗って後ろには行けるだろう?)

(で、でも…)

(力合わせてみ? 俺らは自由を愛する風。できるさ!)

 災狼は今まで地面に踏ん張っていた爪を引っこ抜いて、斬界に耐えながら、両腕を背泳ぎするように動かした。すると、思った以上にスムーズに災狼の体は後ろに木を避けながら舞った。

(逃げる気か、災狼⁉︎ ここで逃したら、あの少年はずっと闇の道を…ああ。)

 五郎はの視界から災狼はあっという間に消えた。しばらくしてから災狼は斬界の射程範囲から抜け出せて、地面に着地した。

「アレやるぞ、相棒!」

「えー。痛いしやだよー。このままドンズラしようぜ、バルナバ。」

「女々しいこと言ってんじゃねえよ。ピンチをチャンスに変える爽快感こそ、生に刺激を与えるんだぜ〜。」

 災狼から見て右側の口は不敵な笑みで上に曲がっていたが、左側は下に曲がっていた。左側が少し動いた。

「君も死ぬかもしれないよ?」

「心配無用だ。俺は生きたがりの死にたがりだ。」

「わかった。やろう!」

 ウルフィも決意すると、災狼は右の爪を立てて、自分の右斜め上のちょっと前の大気を掴んだ。五本の爪周りの空間が小規模に歪んだ。

「「斬界の侍―狩山 五郎。お前は今は我らを見えないし聞こえないかもしれないが、我らは眼を尖らせて耳を澄ませば、お前を捉えられる。お前の刀が斬れる世界は広いが、我らの爪はお前より遠くに届く。」グッ! 準備はいいか、相棒!」

「オーケー!」

 災狼はまるで大気を引っ張るかのように勢いよく腕を振り落とし始めた。

「「大気震爪!」」

 振り落としながら災狼が叫ぶと、彼らの爪が大気と摩擦を生み出した。それでできた五つの細長いヒビが横幅が災狼の五倍の一つの衝撃波となり、前方へと高速で震動する。前方の木々が雷が上から落ちたような衝撃を喰らい舞い上がりながらごなごなになっていく中、災狼はそのまま右手を前にうつ伏せに倒れた。

「へっ! ハァ、ハァ…威力も性能も火力も折り紙付きだが、体力が持ってかれるな。特に技を解き放った右腕が痺れてしばらく動けねえ。まだガキの体の俺じゃまだ乱発は無理だな〜。」

 災狼はバルナバの体に戻り、左手で起き上がった。

「俺もお前も走るのは無理だろう?」

(おいら“中”にいていい?)

「いいぞ。」

 バルナバはそう言うと、左手で右腕を抑えながら自分がついさっき作った道を歩き出した。

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