二章 オオカミ少年と誠の侍 その7
「今宵は邪の気配を感じたら、遠くからの攻撃ではなく、すぐに直接駆けつけよう。この高さで某の跳躍力ならまあまあ一瞬だ。」
斬界の侍―狩山 五郎は昨晩と同じ時計台の上で独り言を言っていた。ふと月をが彼の目に入った。
「今宵は満月か…まっことに美しか。……同じ星や月を江や須恵は見ているのだろうか? 須恵…大きくなったかの? 今年十になるんじゃったか? 今宵で全て終わる。……某は側にいれる父を心掛ける。約束ではない。己への命令だ。」
そう言い終わると、狩山 五郎はしばらく黙って闘気を研ぎ澄ませた。だいぶ時間が経った頃だった。
(昨日乱れを感じた刻よりどれくらい経った? ……もしや某に恐れて…)
突然、五郎の目の前に自分と同じかちょっとありそうな身長の茶黒い毛に真っ白な目の狼の化け物が両腕を広げてバッと現れた。五郎は心臓も感情もある人間。もちろん驚いた。だが侍は恐怖を勇気に変換できるのが上手い戦士だ。
(居合い、十文字!)
五郎は刀を抜いた。縦横交互に五つずつの強烈な斬撃が化け物を襲った。しかし胴体には当たらず、腕や脚も切断されない。
(まるで水を斬るような歯応えのなさ…。)
五郎は一旦刀を鞘に納めて、後ろに下がり、拳を握った。狼の化け物は時計台にまるで体重がないように着地した。
「わぁおーん!」
二足方向の狼は夜空に向かって吠えた。
(何故ここまで接近されるまで、察知できなかった⁉︎)
五郎はそう思いながら、拳に殺意を込めた。
(世の平和のため、亡骸となれ!)
「殴殺御免!」
五郎は隙だらけの狼の心臓目掛けて拳を放った。ところが、狼の太ももの位置にあった狼の両手が直線的に向かってくる五郎の拳の勢いを止めるように下から弾いた。
「なんと!」
五郎は体の軸を崩してしまった。狼は両腕を曲げて、指は広がった状態で上に肉球が侍の方に向いていた。狼の肉球は勢いよく、五郎のお腹を目掛けて命中した。指はこの時揃えてあって、右手のは右に、左手のは左に向いていた。しばらくの間両者は動かず、沈黙が流れた。沈黙を破ったのは狼だ。
「「森の中の嵐、荒地の悪夢、自由の牙! 我らは災狼!」」
(零式、肉球風起こし!)
獣の内の者はそう心の中で唱えると、ブオオオンっと肉球からの爆風が狩山 五郎を森の方の闇の中へとぶっ飛ばした。
時計台の上には先程の狂気を隠した無害そうな少年に立っていた。
「やったな、バルナバ。思ったよりチョロかったぜ。」
「舐めすぎだ、ウルフィ。奴は生きてる。」
「え?」
「お前、割と視えてねえな。俺がぶっ飛ばした時、奴の眼は全く死んでいなかった。死を悟った眼じゃねえ。数キロメートルぶっ飛ばされても死なねえとは……侍は強いんだな。」
バルナバは森に向かって指を差した。
「だがお前は森の中に迷い込んだ獲物だ。斬界の侍、お前が町に戻る前に我らがお前を狩ってやる!」
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