一章 災いとの出会い その5

ドランケンの町は貧乏人の巣窟。一軒家はあるがまるで横並びのアパートみたいなぎゅうぎゅう詰の住宅街にバルナバの木材でできた家が存在する。

「母さん、ただいま〜。」

「あらバル君、おかえり〜。」

歳の割にキレイなバルナバの母親は食事の用意をしながら息子の帰りを狭い二階建ての部屋で喜んだ。

「はいお花〜。母さんのために摘んできたんだ〜。」

バルナバは紐で結んだ花束を母に渡した。彼の母は素直に喜んで受け取った。

「うわー、ありがとうバル君。」

「母さんその干し肉何? 内は金もねえし、母さんも狩りができないじゃん?」

バルナバは狭いキッチンにぶら下がってた肉の塊を見て質問をした。彼の母は笑顔で答えた。

「ああ、あれ? ちょっと前にクロス君が来て差し入れをしてくれたのよ。‘将来の相棒があんな細身じゃ困ります。俺が狩った肉を食べさせて筋肉をつけさせて下さい。’って。バル君もいい友達を持ったわね。」

(チッ、あの爽やか野郎―。ベタな気を遣いやがって。)

「へぇ〜、そうなんだ。」

バルナバはそう思いながら受け答えすると、小さなテーブルにあったプレートを片手に持った。

「俺宿題あるから、食事部屋に持ってくな〜。」

バルナバはそう言うと、おかわり用の肉を少し盛ってから二階の部屋に向かった。部屋に入ったバルナバは早速窓の布を横にずらして縄をおろした。下にいるウルフィがアゴで縄を掴んだのを確認すると、強く引っ張ってウルフィを部屋に入れた。

「悪いなふわふわソウル。内のおかん精神不安定になりやすい人だからお前を見せるわけにはいかねえんだ。」

バルナバは事情を説明すると、ウルフィは文句を言った。

「にしてもおいらの扱い酷すぎない? 勢いよく引っ張る必要あったー? アゴが痛いんだけど。確かに乗っ取ろうとしたおいらも悪いけどもうちょっと君も友好的な…」

「はい、エサだポチデビル。そんなことよりお前は何者だ?」

「おいらここまで舐められるとは思わなかった。まあ、いいや。話すよ。」

一人と一匹は夕食を始めるとウルフィは質問で語りを始めた。

「君は獣人というものを知っているかい?」

「ああ。人間と獣、二つの姿を持つ超人的な肉体を持つ怪人だろ? 動物戦車と呼ぶ者もいるらしいな〜。フォーンやケンタウロスとかは体の変形能力がないから獣人という部類に当てはまらないんだよな?」

バルナバが淡々と答えると、ウルフィはうんうんと頷いた。

「君は随分勉強熱心だね。じゃあ系統も知っているの?」

「無論だ。血筋で生まれながらの獣人もいれば、人体実験の対象に自らなったり、特殊な薬を飲んでなる場合もあるんだろ?」

バルナバの確認にウルフィがまた頷くと、少年はふと疑問に思った。

「お前と獣人、なんの関係があるんだ?」

「おいらは特殊な獣人が誕生するために作られた人口生命体―共生マムルさ。」

このウルフィの発言のせいでしばらくの間、沈黙が部屋を包んだ。動じることが数少ないバルナバでさえも驚く事実である。大きく息を吸って吐いたバルナバはウルフィに質問をした。

「誰がどんな目的でお前…らが作られたんだ?」

「うーん。誰かに関してだけど、君は勘付いているんじゃないかなー? 君は死をも恐れなさそうだけど、見たところ母は傷つけたくなさそうだ。おいらは理解できない温もりだけどね。君がここでその誰かを確証してしまったら、周りが巻き込まれるのは明らか。それでも訊くかい?」

このウルフィの問いかけに青ざめたバルナバは激しく首を振った。ウルフィは話を続けた。

「だけど目的は言っても大丈夫だろう。まあそんな謎めいたことじゃないよ。“平和を守る”忠実な兵士を造るのが目的さ。」

「金と材料があれば充分可能だろ。獣人を造るのにわざわざ共生マムルなんて必要だったのか?」

「ふふふ、求められているのはどこにでもいそうな暴れん坊じゃない。魔術に負けない技が使える獣人さ。今頃おいらの仲間がパートナーと一緒に密かに世界に散らばる“悪の芽”を始末しているだろうよ。」

ウルフィが自慢げに言うと、バルナバは鼻で笑った。

「へっ、その間お前はガキの乗っ取りにさえ失敗した落ちこぼれってことか? ……おいおい泣くなよ。」

ポロポロ涙を流し始めたウルフィをバルナバは撫でると、小さな狼は説明し始めた。

「君の心の中で僕が見せた大きな姿覚えているかい?」

「ああ、最高にイカしていたぜ。」

「共生マムルは…人間に寄生していなくても強いんだ。あれが本来の姿なんだ。僕は唯一の失敗作だった。だからおいらは本当はこの世に必要のない存在なんだ。」

しばらくの沈黙が流れた後、バルナバが口を開いた。

「お前は俺より耳がいいはずだ。集中して耳を澄ませてみろ。」

バルナバがそう指示をしたのでウルフィはその通りにした。

「何が聞こえる?」

「……子供が泣いている。……酒酔いが愚痴っている。……不良が叫んでいる。……しかも複数。……この町には喜びの声が少ない気がする。」

ウルフィはかなり驚いていた。

「ここは必要のない者達が集う町。ドランケンの町にようこそ。」

バルナバがそう言うと、ウルフィは意図がわからず首を傾げたので、はっきりと物事を言うことにした。

「お前だけがこの世の役立たずだって思わないことだ。それにそのまま終わりたいって顔…お前は俺と出会った時からしてなかった。何かをやらかしたいから俺に接触した。そうだろ?」

バルナバはそう言った瞬間だった。

ドンドンドンドン!

「おい開けろ!」

一階の扉から叩かれる音と怒鳴り声が聞こえた。バルナバは即座に反応した。

「この声は…おい歩く毛玉!」

「だからウルフィだって、うわー!」

バルナバはウルフィの耳を掴み持ち上げた。そのまま天井の扉へ続く木製のハシゴを昇り、外に出た。

「やはりか…。」

バルナバは屋根から見下ろすとそこには武装された十人余りの見るからに危ない火や武器を持った奴らがいた。

「あいつらなんだい?」

ウルフィは純粋に聞くと、バルナバは淡々と説明した。

「俺の記憶の一部に、俺が自ら殺した親父いただろ? 親父が借金した相手の内一人がここを嗅ぎつけたってわけよ。」

「あんな人数でわざわざ?」

「まあ…。」

バルナバは少し後ろめたそうに説明した。

「先頭の奴が一度来てるんだけど、その時頭のネジがぶっ飛んでんなって思った。だからドライバーで奴の頭横に穴開けようとしたんだ。」

(頭のネジぶっ飛んでんの、おめえだろ!)

ウルフィは心の中でそうツッコミをいれると、バルナバはウルフィを自分の顔に近づけさせた。

「お前が俺を乗っ取った時、俺もお前の心を少し覗いたんだ。したいんだろ? 一世一代の復讐劇。」

バルナバは問い詰めると、ウルフィは戸惑っていた。

「君は一体…?」

「結構じゃねーか。手伝ってやる。そのかわり、俺にも協力しろ。」

一方扉の前。

ドンドンドンドン!

「あんこら、あーん! いるのはわかってんだよ! いい加減にしろこの…」

「アオーーーン!」

急な遠吠えに一同はみな上を見た。

「狼?」

「誰もいない。」

「だが上から聞こえたぞ。」

「こっちだよーん!」

急な若々しい声に一同は森が近い方面に顔を向けると、そこには一匹の美少年が腕を組んで仁王立ちしていた。戸の一番近くにいた者が大声を上げた。

「クソガキいい! 俺を覚えているか⁉︎ この傷、誰がつけたか言ってみろ!」

「うわぁ〜、お兄さんお友達がいっぱいいるんだね〜。」

バルナバは挑発を仕掛けた。

「無視するなー!」

「だったら鬼ごっこしようよ〜。鬼はみんな〜。じゃっ。」

「あっ、コラ! くそおお、速い! お前ら追いかけるぞお!」

『おおおおおお!』

怒号が森の中へ逃げる足の速い少年を追いかけた。一方彼の体の中に寄生したウルフィは(こいつ、運動能力高すぎだろ。)と思って感心していた。森の中でバルナバは急に立ち止まり、後ろを振り向いた。

「ここでいいだろう。実験開始だ。」

たちます暴力団員達が歩み寄ってきた。バルナバの心の中からウルフィが話しかけた。

(よし、そろそろ…。)

(まだだ、俺の中にいろ。ギリギリまで引き寄せるんだ。)

(お前楽しんでねえか? さっさと俺を装備しろ!)

(泊めてもらっている分際で指図するな。それにお前もスリルを感じたいだろ?)

(……死と隣り合わせにも程がある。お前すげえ異常な思考なの自覚あるか?)

「覚悟しろクソガキ!」

二人の心中の会話を剣士の一人が遮った。見ると暴力団員達は横に広がっていた。バルナバは笑みを浮かべた。

「獣装備!」

「了解!」

一人と一匹に掛け合いと共に少年は狼の体毛に体を包まれ、二足歩行の狼になった。

「こ、このチビ!」

「人狼になりやがった!」

「そんな情報聞いてな…」

一瞬の出来事だった。バルナバは一人の男の右腕を両手で掴み、勢いよく引きちぎった。

「ぎゃああああ!」

大量の血の出る音と男の悲鳴が森中に響き渡った。

(おいおい、なんてパワーだ。)

(なんだ? びびったか小僧?)

ガブリ!

これも一瞬。狼になっていたバルナバの顔は口を大きく開けて、今度は違う者の頭をまるごと闇に包み込み、首に噛みつき丸呑み。顔なしの死体がドスンっと倒れた。周りは青ざめた。

「バケモンだあああ!」

「怯むな、かかれ! 人狼の体は闇市で高く売れる!」

『おおおおおお!』

一斉に囲み突撃を返した烏合の集。

(地面に肉球になったお前の手のひらを置け、早く!)

「したぞ。」

「ドカーン!」

ドゴオオンっと人を攻撃できるほどではないが、程よい威力の風の衝撃が肉球かれ解き放たれた。すると刺激されたその一帯の砂が舞い上がり、火が消えて砂ぼこりと闇が森を包んだ。冒険者達はみな慌てた。

「ガキが消えた!」

「何も見えねえ!」

「気配を消してやがる!」

一方先ほどいた場所から少し移動した場所に彼らの標的はいた。

(ヒヒヒ、愉快愉快。これで奴らは何も見えん。だがお前は違う。人狼は見通せるんだ。言いたいこと、わかるか?)

(奴らに一方的に暴力を振るい、血と悲鳴を吐き出させられる。正解か?)

ガリッ! 「うわあ!」

ガリッ! 「ぎゃあああ!」

ガブッ! 「痛ええ!」

ガリッ! 「うおお!」

次々とバルナバの爪にやられるか捕食されていった。

(てめえ! いつの間に俺の爪を操ることが⁉︎)

「不服か?」

(いいけどな! ……6時の方向、剣を横で振る奴あり! 爪をもうちょっと伸ばして力比べだ!)

「りょ!」

バルナバは即座に回転し、言う通りにした。

「討ち取った…」

バッ! 長めの爪に受け止められたことに男は驚いた。

「少し長い爪が鉄の剣と⁉︎」

「張り合ってんな〜。」

(押せ! おいらの爪はそこらへんの鉄より硬え!)

シャリリン!

そのまま剣はごなごなになった。

「えっ、ガッ!」

バルナバはそいつの胸ぐらを掴み、耳はそのままで人間の顔に戻してから悪どい笑みで質問をした。

「平和お守り委員さーん、頭のネジまた取れたー?」

「頭ぶっ飛んでんのお前だろ…。」

(それおいらも同感。)

バルナバは無視して無理矢理相手の顔を近づけさせた。

「今からあんたをどう喰うか説明してやろう。」

(えー! それおいらやりたーい!)

「おっ、そうか。構わん、代わってやる。」

そうバルナバは言うと、彼の顔は凶暴だが美しい狼の顔に戻った。

「お前の両脚と両腕を一本ずつ失神しない程度にゆ〜くり、優〜しく引きちぎってやる! それからはらわたをえぐり取り血を吸い、目玉をえぐり、顔からかぶりついてやる!」

「すまん。めんどい。普通に丸呑みの方がよくね?」

ぷるぷる震えている悪党をよそにバルナバが半分狼の顔の中から顔を出して尋ねた。

「あの〜、邪魔しないでくんない? あっ、お前まさか…やっぱガキだな! 抵抗あるんだろ?」

「いや、ないぞ。ただ俺まだ宿題終わってないから早い方がいいかなって。また今度狩る時そのやり方でいこう。な?」

「……わかったよ。」

そう言うと彼らは悪党を両腕で地面に抑え込んだ。悪党も悪党で最後の勇気をした。

「何者なんだ、てめえ!」

質問をされたそれは半分少年、半分狼の顔で睨みつけながら微笑んだ。

「「森の中の嵐、荒地の悪夢、自由の牙! 我らは災狼!」ってなわけでいただきます。」

「ぎゃあああ!」

ブラックホールのように小さな人狼は自分より大柄な男を丸呑みした。バルナバはお腹を撫でながら家に向かうと、空いた片手を曲げた状態で手のひらを上に伸ばした。

「出ろ。」

「了解。」

この掛け声であっという間にバルナバは人間の状態に戻り、手にはウルフィが乗っていた。

「非常に楽しかったぜ、お前最高だよ。」

「おいらも同じ気持ちだ。」

「これからも共存しようぜ。一緒に世界をめちゃくちゃにしようぜ。」

一人の少年と一匹の怪人は笑いながら夜道を歩くのだった。

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