二章 オオカミ少年と誠の侍 その3

 舞台はドランケンの隣の隣の隣町の夕方の路地裏、侍―狩山 五郎は細身で小柄な男と話していた。

「落ち着きなすって。真実を話されよ。さすれば、何もせね。」

 五郎は落ち着いた物言いでブルブル震える男を落ち着かせようとしていた。

「あっ、あっ、えっと、あああっ、はい、その、です、ますます、からして。」

 男の思考は止まっていた。侍は変わらぬ男を見て、はあーっと大きくため息をした。

「恐ろしきものを見たのはおまはんの覇気のなさでわかる。だが恐怖を乗り越えたその先に、勇ある者へと続く王道があるのだ。」

 五郎は優しく手を男の肩に置いた。

「ヒッ!」

「某の任務遂行にも繋がる故、お助け致そう。」

 そう言うと、わかりやすいジェスチャーと共に指示を出した。

「大きく息を吸って〜。」

「スゥー」

「吐いてええ。」

「はあー。」

 このやり取りがしばらく続いた後、男は冷静に話すことができた。

「一昨日の夜中のことだった。俺はいつもどぉーりに酔っ払いながらスキップしていた。」

「感心はできぬ。だがおまはんの正直さに乾杯だ。」

「はあ、すいやせん。」

 男は謝りながら、頭を掻くと話を続けた。

「俺アジトに時計忘れて戻ったんですよ。そしたら、びっくり仰天夜の襲撃! もう血、血、血、同胞の死体、同胞の死体、同胞の死体。廊下の床にうつ伏せ仰向け横向きで倒れたり、天井や壁に頭が刺さったりして荒れ放題。俺は親分の部屋に向かって走った! するといたんさ、悪魔が!」

「具体的に申されよ。」

「親分の首を……小さな狼っぽいチビが二足歩行でガッチリ掴んでいた。親分は既に、逝っていた。そしたらあいつ急に体が伸びてすらっと大きくなった。そこから親分を丸呑みよ。……後から気づいたが、体ごと無くなっていた仲間が何人かいたんだ。」

 男は気がつけば下を向いていた。

「お悔やみ、申し上げる。」

「……俺が知っているのはそれだけだ。あまり参考にならなくてすまん、お侍さん。」

 男はそう言うと、五郎は笑顔でこう言った。

「いんや、充分でごわす。ご協力感謝。では。」

 五郎はそう言うと、男に背中を向けて大通りの方へ歩いて行った。男はガクッと肩を下ろした。

(何か嫌なものを吐き出した、そんな気分だ…)

「そうそう。」

「うわあ!」

 五郎は男の側に戻って、同じ顔の高さになるようにしゃがんだ。

「おまはん、この出来事を誰かに言ったか?」

「つ、妻にだけ…」

「某は依頼主にその化物と接触した者を斬り伏せるように約束した。無論見た者聞いた者も然り。」

 五郎はヒーっと震える男にゆっくりと手を再び置いた。

「無益な殺生は好かぬ故、これ以上この件を広めんでくだされ。妻にも言い聞かせてくだされ。勇気を振り絞って某に有益な情報を教えてくれたおまはんを信じもす。」

 狩山 五郎はその言葉を最後に風のようにその場を去った。

(間違いなくこの一帯のどこかにいる! 今宵は侍の技術が火を吹こうか!)

 斬界の侍―狩山 五郎は鐘がある町で一番高い塔で世界を見下ろした。

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