第14話 絶望的な入院生活は甘いプリンと共に


「はい。あーん」


 現在、ルノアール女史が三時のおやつだと言って持ってきたプリンを無理やり食べさせられている。

 何故か上等な個室に押し込まれ、ルノアール女史の献身的な看護を受けていた。


 俺の火傷は思ったより酷かったようだ。

 医者からは全治6ヵ月を言い渡され、当然のように入院させられた。俺はこの両手が元通りになる事はないと感じていた。皮膚も筋肉も焼け焦げ、骨が見えている個所もあったからだ。もうアドヴァンサーの操縦はできない。サロメルデ王国のエースパイロット、閃光のクルーガーは死んでしまった。


 詞は直ぐ病院に運ばれたが、その時は既に息絶えていたという。穏やかな表情だったらしい。どうせなら俺が死ねばよかったという後悔の念が消えることはない。


「何を考えているの? もう一口どうぞ」


 また無理やりプリンを口に運ばれた。

 高級洋菓子店の特売プリンらしいが、どんな味なのか、甘いのか辛いのかさえ俺にはわからなかった。


 先の王都攻防戦では、防衛に成功した格好になっているが、損害は甚だしく殆ど負け戦と言ってよい状態だった。地上部隊を含めた戦死者は132名。大破したアドヴァンサーは35機に上った。


 そして、援軍として現れた黒い機体については情報統制されているようで、何も報道されていなかった。

 あの援軍がなければ王都は落ちていただろう。それにしてもあの援軍は何者だったのであろうか。


 コンコン。


 ドアをノックする音がした。


「はーい。どうぞぉ~」


 自分がこの部屋の主だと言わんばかりにルノアール女史が返事をする。


「こんにちは、お邪魔でしょうか?」


 そう言って顔を覗かせたのはオーガスト王子だった。


「いーえ。全然お邪魔ではありませんわ。でも、二人の恋路は邪魔しないでくださるかしら。アオイ。もう一口。あーん」


 またプリンを口に放り込まれる。


 正直、この押しかけ女房には助けられていた。

 普段なら迷惑千万この上ないと憤慨していたであろうが、彼女のおかげで詞を失った喪失感からある程度は逃れられていた。それに両手が使えない状態なので、何かと助かっているのも事実だった。しかし、詞はこの状況をどう思っているのだろうか。彼女が最後に残した言葉を思い出し複雑な心境になる。


「お取込み中失礼いたします。私、ゲルゼリア王国を代表して葵・クルーガー大尉のお見舞いに参りました。アドレーネと申します」

「俺はアドレーネ様の護衛をしているゼルゲイドです」


 ドアの脇から男女二人が中へ入ってきた。一人は銀髪の小柄な少女。もう一人は長身で逞しい青年だった。


 何だ。王子は客人を連れて来ていたのか。引っ込み思案だと知ってはいたが、客人がいるのならルノアール女史など無視すればいいものを……。


 待て。今、彼女は何と言った?

 ゲルゼリア王国を代表してだと??


 ゲルゼリア王国は既に倒れた王朝ではないのか。


 状況がうまく呑み込めない俺は少し呆けていたのだろう。

 俺の顔を見ながら、小柄な銀髪の少女は笑っている。


「クルーガー様はまだご存じないのですね。先の王都攻防戦において、私たちゲルゼリア王国が助力したという事を」

「確かに、私は帝国のアドヴァンサーを蹴散らしていく漆黒のアドヴァンサーを目撃しましたが、あれがゲルゼリア王国の戦力なのですか?」

「はいそうです。あの黒い機体の名は“シュヴァルリト・グラン”、そしてそのパイロットはこちらのゼルゲイドと私なのです」


 俺は二人を交互に見つめる。

 小柄だが豊満な胸元の少女アドレーネと、長身で逞しい護衛のゼルゲイドを。


「そんなに見つめないでくださるかしら。閃光のクルーガー様」

「その名で呼ばれるのはもう遠慮したいのです。先の戦いで私は大切な人を失った。そのような通り名は何の役にも立たなかったのです。そして私の両手はもう使えないでしょう。アドヴァンサーを操縦することは二度とありません」

「お気持ちは察しますが、そのような弱気なセリフは貴方様にはお似合いではございません」

「しかし……」


 アドレーネは瞑目してしばし押し黙る。そして目を瞑ったまま話し始めた。


「希望の光は未だ輝いております。消えることがない力強い輝きが貴方の中から溢れています。“閃光”とは本当に良い通り名ですね。クルーガー様」

「それはどういう意味で……」


 アドレーネは目を瞑ったまま微笑んでいる。護衛だというゼルゲイドを見るが、彼は何もわからないといった風でしきりに首を横に振っていた。


「クルーガー様。貴方がサロメルデ王国の光である事。そして今後も、貴方が王国の守護神として活躍される事。貴方が失った人が戻ってくる事。私の心にはこの三つが浮かんでまいりました」


 目を開いたアドレーネは俺の目をまっすぐに見つめている。そして俺の、包帯でぐるぐる巻きにされた両手を握った。

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