第10話 圧倒的劣勢

 これは軍事大国、ベルゼード帝国の奇襲だ。俺は王都メイディアへの侵攻作戦であると判断した。オープンチャンネルでの通信は妨害されていて殆ど通じない。


「本日、ベルゼード帝国は我がサロメルデ王国に対して宣戦を布告した。繰り返す、本日ベルゼード帝国は我がサロメルデ王国に対して宣戦を布告した。緊急招集! すべての将兵は所属部隊へと集合せよ。予備役兵も所定の施設へ集合せよ」


 秘匿通信チャンネルでやっと情報がつかめた。

 やはりベルゼード帝国の仕業だった。それならば東方の商業都市、マルセルへと避難すべきであろう。そこからなら国外への脱出も視野に入る。


「殿下、王都メイディアを離れマルセルへと避難しましょう。このマジステールならギリギリ飛べます。一刻の猶予もありません」

「僕だけ逃げるんですか?」

「貴方が生きていれば王国が潰える事はありません。また、捕まって人質となってしまえば屈辱的な交渉の材料とされますよ」

「でも、父上を置いて僕だけ逃げるわけにはいきません」


 真面目な性格が災いしたのか王子は逃げることを拒んだ。こうなれば同意を得ずにマルセルまで飛ぶしかない。


 俺がそう判断し、まさに王都上空から飛び去ろうとした瞬間に灰色のアドヴァンサーに囲まれていた。


 王子の同意を得ようと話し込んだ数十秒が命取りになった。灰色のアドヴァンサーはベルゼード帝国の主力機“リクシアス”であった。


 俺は咄嗟に武装の確認をする。

 

 外部火器兵装……該当なし

 内部兵装……12.7㎜機関銃残弾0

 演習用大剣……1


 これだけか。マジステールは元々非武装の練習機だが、火器使用訓練のための武装は可能だ。しかし、斬れない演習用の剣一本ではどうすることもできない。


「オーガスト殿下、囲まれました。今なら投降することも可能かと思いますが」

「僕は逃げたくない。でも、クルーガー大尉にこの非武装の機体で戦えなんて言えません」

「やれやれ、殿下は生真面目でお優しい。私もサロメルデ王国の“閃光”と呼ばれた男です。逃げるのは性に合わない。戦いますよ」

「はい。私も大尉と共に!」


 振り向いた王子の顔は凛々しく精悍だった。俺は背中に装着してある演習用の大剣を抜き構える。

 俺たちを囲んだ敵は計6機。どれもが灰色の帝国機“リクシアス”だった。


『練習機で立ち向かうつもりか。投降しろ。素直に従えば命は取らん』


 帝国兵はそう言いながらも実剣を抜く。

 騎士道精神のつもりか、火器は使わないらしい。


 俺にとっては好都合。空中での斬り合いなら誰にも負けるつもりはない。


「寝言は寝て言え」


 隊長らしきリクシアスに全速でタックルをかましてから右腕の肘関節を狙って大剣を振り下ろす。案の定、奴は剣を手放して姿勢を崩した。背面に回り込んだ俺はその背中の推進器に大剣を突き刺す。


 斬れない剣だが、至近での刺突なら装甲を貫ける。

 奴の推進器は煙を吐きながら停止した。脚部の推進器だけではバランスが取れずに地上へと降下していく。残りのリクシアスはアサルトライフルを構えて突進してくるのだが、俺は墜落しているリクシアスにくっついて降下した。同士討ちを避ける為か、連中は射撃をしてこない。


 脚部の推進器でバランスを取ろうとするのでその脚部を大剣でぶっ叩く。奴はそのまま地上へと墜落した。俺もそいつの傍へと着陸する。


 リクシアスの一機が実剣を抜刀して地上へと降りてきた。残りは上空を旋回しながらアサルトライフルを構えたままだった。


『貴公の名は? 私はベルゼード帝国第一機甲兵団のアルベルト・モレノだ』


「私は葵・クルーガー。他所で赴任していたのだが今日はたまたま王都に居合わせた。私と鉢合わせするとは気の毒だったな」


『何と! 閃光のクルーガーか! これは僥倖! お前たちは手を出すな!』


 俺の通り名もそれなりに役に立ったようだ。奴は俺との一騎打ちをするつもりらしい。

 これで時間を稼ぐことはできる。しかし、それでどうにかなるとは思えない。俺たちの援軍が来る可能性は絶望的に低く、連中の援軍が来る可能性の方が遥かに高いからだ。


 だが後には引けない。


 俺は斬れない大剣を上段に構え、奴を睨みつけた。

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