第9話 オレンジ色の練習機
「アドヴァンサーに乗りたいです!」
オーガスト王子に懇願された。あまりにも唐突だったため返事に困る。
詞はと言うと、何やら考えている様子だった。
「うーん。殿下はアドヴァンサー操縦士資格、持ってないですよね」
「はい。ありません」
「じゃあ複座の機体の後席って事で良いかしら?」
「それで構いません」
「!? あっちに良いものがあった。ちょっと見てくるね」
詞はそう言ってミニバイクに跨り、隣の棟へと走り去っていく。
「これは期待していいのでしょうか?」
「どうでしょうか。都合よく複座の稼働機があるとは思えないのですが」
「そうですよね。思わず思い付きで叫んじゃって申し訳ありません。実機に触れていると、どうしても空を飛びたくなっちゃったんです」
「それは仕方ないですね。稼働機があって飛行許可が下りれば、私がお乗せしますよ」
「ありがとうございます。クルーガー大尉」
そう言って俺の手を握りしめてくる王子だった。
しばらくしてミニバイクに乗った詞が戻ってきた。
「殿下、稼働機がありました。直ぐに飛べるそうです」
「やったー!」
「良かったですね。殿下」
「ありがとうございます」
「とりあえず着替えましょう。パイロットスーツとヘルメットを」
「わかってるわ」
詞に案内され、パイロットの待機ルームへと向かう。そこには各種サイズのパイロットスーツやヘルメット、手袋などの装備品が揃えてあった。
王子に合うサイズのものを選んで着せてやる。俺も自前のスーツとヘルメットを装備した。
表にはオレンジ色の練習機が待機していた。
それは第三世代型の複座型練習機、ジャギュア・マジステールだった。俺も士官学校時代にはこの機体でしごかれたものだ。
「葵。所長の厚意で使用許可が下りました。本日、士官学校へ納品される予定の新品だからね。絶対壊しちゃだめだよ」
「ほう。まだ新品があったんだな」
「余剰パーツを集めて作ったから、いくつかの型が混ざってるんだけど心配ないって」
「これは心強い」
「皮肉言ってんじゃないよ。さあ殿下。どうぞ」
俺と王子は高所作業車のバケットへと乗り込む。そして操縦席のある胸の位置まで上がっていく。
「本当にタンデム複座なんですね」
「そうですね。私もこの機種で練習しましたから……ああ殿下。私が先に乗りますよ。殿下は前席で」
「え? 良いんですか?」
「ええ。この機体は前席でも後席でも同じく操縦できますから。問題は後席に乗り込む際、少し苦労するだけです」
俺は上部のバーを掴んで後席のシートの上に飛び乗る。そして、向きを変えて王子を手招きする。
「殿下、さあどうぞ」
「はい」
詞に介助されながら操縦席に乗り込む王子。シートベルトを締めて親指を立てる。詞の操作でコクピットハッチが閉じる。一瞬、真っ暗になるが計器とメインパネルが点灯しコクピット内は明るくなった。反応炉は既に起動しており、いつでも飛べる状態だった。
メインモニターの中で、詞が手を振りながら離れていく。作業車が十分に離れたところで、俺はマジステールをゆっくりと上昇させた。
「飛んだ。僕、本当に飛んでる!」
王子は興奮してはしゃいでいる様子だ。
アドヴァンサーマニアの少年であれば無理もないだろう。いや、マニアでなくても、どんな少年だってこのアドヴァンサーに憧れを持っているものだ。
『マジステール。聞こえるか。こちら王都航空管制センターだ』
「聞こえる。メイル守備隊の葵・クルーガー大尉だ」
『クルーガー大尉。許可された時間は15分。高度1500m以上を維持。宙返りや急旋回などの曲技はするな。低速を保て。時間内に他の飛行予定はない』
「クルーガー。了解した」
『安全に頼…ザザザ…』
突然、通信が妨害された。
そして、パッシブレーダーがけたたましい警報音を鳴らす。
ロックオンされたのか?
「大尉。どうなっているのでしょうか?」
「わかりません。曲技飛行は禁止とのことですが、場合によっては全力で回避行動を取ります。舌を噛まないよう口はしっかりと閉じておいてください」
レーダーが飛翔体を感知した。
ミサイルか?
王都上空で空戦をやるとはどういった了見なのだろうか。しかし、このタイミングでは王都守備隊のスクランブルも間に合わないだろう。国境守備隊は数十秒で壊滅したとしか思えない。
俺はミサイル着弾の寸前に機体を急上昇させた。何発かのミサイルが俺のいた場所をかすめていく。そして地上に着弾して爆発した。
烈火のごとき第一波のミサイル攻撃は王都周辺の防衛拠点に突き刺さった。
王都守備隊アドヴァンサー基地は真っ先に炎に包まれていたし、詞のいた兵器工廠にも何発かが着弾して爆発した。歩兵連隊の駐屯所や戦車大隊の駐屯所も攻撃されていた。
今、王子を乗せている。何としても王子だけは逃がさなくてはいけない。機体を捨てて逃げるか。それとも、このまま郊外へ飛んで逃げるか。俺はその選択を迫られていた。
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