第3話 至高のマルスリーヌ

 アルガム・クルーガーの改造は直ぐに開始された。


 この機体はサロメルデ王国の所有するアドヴァンサー、指揮官機のアルガム・アレスを改造したものだ。アルガム・アレスは、汎用機として配備されているアルガムの上位機種であり、装甲、火力、反応炉出力など、全ての性能が向上している。そのアルガム・アレスの装甲を減らし、反応炉の出力を向上させ、空中での機動力を向上させたのが目の前にいる改造機だ。正式には試製アルガム改と呼ばれるべきなのだが、詞はこの機体をアルガム・クルーガーと呼んでいた。

 元々、アルガム・アレスは汎用機の重装甲型でいかつい外見だったのだが、追加装甲を全て取り払っているアルガム改はオリジナルのアルガムよりもスマートだ。そして、今回は更なる軽量化をすべく、殆どの装甲を取り払ってあり、骨格や筋肉がむき出しの状態になっていた。


 そのアルガム改を見つめながら詞が話し始めた。


「この子、もっと軽くしちゃうわよ」

「競技専用にするのか?」

「違うわ。実戦でも使用できる、画期的なシステムを構築中なの。クライン結晶を利用した空間防御。実現できれば、装甲は無くてもいい」

「そんなことが可能なのか」

「ええ。理論的には。クライン結晶を使って重力制御しているのは知ってるわよね」

「ああ。反応炉の理屈だけは」

「つまりね。重力を制御するって事は、空間を歪ませるって事なの。だから、その歪みを利用すれば実弾兵器の弾道も歪ませることができる」

「待て。光学兵器を防御するクライン・コートの話は聞いたことがあるが、それとは違うのか」

「別ね。クライン・コートはクライン結晶がフォトン……光子ね。そのフォトンを吸収する作用があってそれを利用したものなの。だから光学兵器には有効だけど、実弾兵器には無力だった」

「それで、実弾兵器にも有効な防御手段を開発したのか」

「そうね」


 怪しく微笑む詞。俺にはその理屈は上手く呑み込めないのだが、この天才整備士は全てを理解しているかのような、自身に満ちた表情をしていた。


「王立科学院のマルスリーヌ・ルノアール」


 ポツリと詞が人名を語った。聞いたことがある名だった。

 我がサロメルデ王国にあって、この世界アルス・フィア随一の天才科学者として名高い人物だ。


 至高のマルスリーヌとして世界中から賞賛されている彼女は、我が国サロメルデ王国の王立科学院の院長を務め、そして詞が所属している王立兵器工廠の顧問でもある。


「私はあの人の弟子なの。最初、葵に近づいたのはあの人の命令だった」


 確かに詞は押しかけ女房のように、突然俺の元へとやってきた。士官学校を卒業して間もない、王都守備隊に配属されたばかりの少尉だった頃の事だ。最初の一言は「私の機体に乗らない?」であったと記憶している。


「なるほど。俺を実験台にしたかったんだな」

「もちろんよ。でもね。貴方の操縦技術に惚れちゃったって言うのが本当の理由かな? でなきゃあのデカ乳年増マルスリーヌの言う事なんて聞くはずない」

「そうか。確かに俺は同期の中ではトップだったが、王国にはもっと優れているパイロットはゴロゴロいると思うぞ」


 俺の言葉に怪しく微笑む詞。そして小さな声でボソリとつぶやいた。


「…………だったのよ」


 よく聞こえなかったのだが、詞は頬を染めて倉庫へと駆けて行った。


「自分の師匠をあんな風に言うなんてな。しかし、このアルガム改が高性能だった理由がよくわかった」


 そうだ。

 至高のマルスリーヌは、あの、軍事大国であるベルゼード帝国にも一目置かれている存在だ。何度も招へいされたと聞いたことがある。早い話が引き抜きなのだが、その都度断っていたらしい。彼女の突出した理論や技術が軍事バランスの均衡を破壊する、帝国側がそのような危惧を持っているとの噂も聞いたことがある。先の話で出てきた空間防御もその一つかもしれない。

 

※元作品作者の要望により、マルスリーヌ・ルノアールへと氏名を変更しました。年齢も50代から30代へと変更。

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