第4話 試験飛行
軽い。
そして速い。
現在、詞がゼファーと呼ぶこの機体の試験飛行の真っ最中だ。
「垂直上昇。高度8000まで!」
「了解」
猛烈なGに耐えながら上昇していく。高度計の針がグングン上がっていく。外気温は急激に下がり、機体の表面が凍り付いていく。
「目標クリア。今度は急降下」
「了解」
バーニアの噴射を切る。
強大なGから解放されたこのふわりとした浮遊感はたまらない。重力に身を任せしばし自由落下を楽しむ。
「葵! 急降下だって!」
「わかってる」
詞の指示通り、今度は機体を垂直に降下させる。高度計を睨みながら引き起こしのタイミングを計る。ここで下手を打つと地上に激突してしまう。
「後300……200……100……高度3000。今よ!」
二本の操縦桿を引き機体を引き起こす。先ほどよりも強烈なGがかかる。俺はグレイアウト状態となり視野が暗くなる。
「葵。大丈夫?」
「問題ない」
訓練で何度もやっている。俺は計器を睨みながらバーニアを操作した。機体は弧を描き再び上昇していく。
「旋回半径、角速度共に良好。期待値を大幅に上回ってるわ」
体感だが、今までの機体よりはきつく旋回できたようだ。
「きゃー。もう最高!」
狂喜している詞の声が聞こえる。どうせ誰かと抱き合って飛び上がっているのだろう。こっちは命がけだというのに。
ふと、嫉妬心のような暗い感情が胸の中に湧き上がってくる。
しかし、俺の理性はその感情を否定する。
あのような傍若無人な女は好みじゃないし、そもそも、貧乳でちんちくりんな体形は射程外だと。
「今度はエルロン・ロール」
「次、シャンデル」
「スライスバック」
「インメルマンターン」
「スプリットS」
詞は次々とマニューバを指示してくる。
基本的な動作ではあるが、俺はそれをよりタイトにこなしていく。そうこうしているうちにさっきの嫌な感情は何処かへと飛んで行った。
「最後は木の葉落とし!」
やれやれ、そう来たか。
俺はゼファーを操作し、上方向へと急激な旋回をする。そして故意に失速した。自然にロールしながら落下し再びバーニアを吹かす。
「上手い! さすがはトップエース葵ちゃんだね!!」
こんな曲芸で喜んでいられる詞も大概なのだが、このゼファーの高い機動性を証明した格好にはなった。
地上に降りた俺に詞が抱きついてきた。
「葵、凄いよ。速度は15%アップ。急降下速度は25%、旋回時の角速度は7%のアップ。旋回半径は15%小さくなってる。葵の操縦技術の賜物だね」
「いや、それは詞のセットアップが優れているからさ。誰が乗ってもこの数字は出せるよ」
「もう。謙遜しないで」
そう言って詞が俺の唇にキスした。この、完璧な奇襲に俺は面食らってしまった。
「じゃあ出発は明日だからね。0600。遅れるなよ!」
そう言って自身は整備に取り掛かる。アドヴァンサーは飛ぶ度に必要部分を分解整備していくのだ。
「さあ今夜は徹夜だ。気合入れるぞ!」
詞はそう言って整備の連中の尻を叩く。その整備の連中とは、俺の代わりに配属される装甲車の搭乗員と整備士だ。暇な拠点だと聞いてきたは良いが、いきなり女傑にこき使われる羽目になるとは気の毒だと思う。
明朝、軍の輸送船に乗り込んだ俺たちは、王都メイディアへと向かった。
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