第16話 詞と葵
俺たちは王立兵器工廠に到着した。早速ルノアール女史が兵器工廠内を案内してくれた。
周囲は火災や爆撃による痛ましい傷跡を残している。
大破したアドヴァンサーも集められており、それぞれパーツに分解されていた。中には灰色の帝国機もあった。そう言えば、俺たちが倒した帝国機は意外と損害が少なく、修理も容易であろう。貧乏性な我が王国は、帝国機の色を塗り替え、サロメルデ国章を描いてそのまま使用するに違いない。
奥の方には、大破炎上したルクレルクと瓦礫に埋まって傷だらけとなったラファールが、当時そのままの姿で放置されていた。そして、ゼファーは奇跡的に無傷のままだった。
「ええっと。説明すると長ーくなるので、アオイちゃんには実体験してもらおうね。他の方々には後でゆっくりと説明させていただきます。さあアオイ。ゼファーに乗って確かめて来なさい」
「わかりました」
そう返事をしたものの、何の事だか分かっていない。
俺はリフトに乗ってゼファーのコクピットへと向かう。外装はピカピカだったが、コクピット回りは使い込まれた以前のままであった。
コクピットハッチを閉じる。
一瞬、真っ暗になるが直ぐにメインモニターとヘッドアップディスプレイが点灯し、コクピット内は明るくなった。自動でブートプログラムが起動しメインモニターにプログラムが走っていく。
そしてメインモニターに王国のエンブレムが浮かび上がって起動が完了した。通常ならメインモニターにはカメラアイの映像が表示されるはずなのだが、真っ白のままだった。
「ねえ葵。ちょっといいかな」
唐突に詞の声がした。
正面のメインモニターに詞の上半身が浮かび上がる。濃いグリーンの、空軍の軍服を着ていた。詞はいつも整備用のツナギを着ていたので、その姿は新鮮だった。
「ああ」
かなりビックリした俺は、やっと返事をした。
「びっくりしたよね」
「ああ」
「私、死んじゃったから」
「そうだな……」
俺は死者と話をしているという事なのだろうか。
しかし、目の前の詞は生き生きとしていて死者とは思えない。
「葵。ごめんね」
「何を謝っているんだ。お前のおかげで俺と殿下は助かった。国王陛下も深く感謝されていたぞ」
「そうなの?」
「ああそうだ」
「怒ってない?」
「ああ。怒ってない」
「ホント?」
「今まで俺が怒ったことがあったか?」
「そう言えばなかったね。でも、あんな無茶したからさすがに怒られるだろうなって思ってた」
「怒ったりはしないさ。でも後悔はしている。お前を守れなかったからだ」
「それは気にしなくていいよ。私が勝手にやっただけだし、葵が乗ってたのもマジステールだったし」
「そうかな」
「そうだよ」
モニターの中の詞は満足そうに笑っていた。
「ところで、これはどうなってるんだ? 今のお前はCGで再現した映像と思えないし、AIとも思えない」
「ゼファーに憑りついてる地縛霊だよ」
「マジか!」
「嘘だよ」
一瞬ドキリとしたが、嘘だと分かってホッとした。俺はそういった霊的な現象を否定するつもりはないのだが、こうして話ができるならその相手は霊ではない。
「うーん。どう説明したらいいのかな? 師匠がね。出撃前にね。万が一に備えて、私の意識をゼファーに転写してくれたの。師匠の怪しい発明品でね」
「意識を転写? コピーしたのか?」
「理屈の上ではそうなるのかな? こっちがサブで肉体の方がメイン。でもね。メインの方が死んじゃったんで、こっちがメインになったって感じ。かな?」
「本体とコピーが入れ替わるってことは有り得るのか」
「さあ? 入れ替わったというより、本体がこっちに来ちゃったって事じゃないの?」
「その本体ってのが詞の霊魂なのか」
「多分そう。だって私、死後の世界を見る前にここに来てたからね。だからね。最初に言った地縛霊のたとえはね。あながち間違ってないんだよ」
「そうなのか」
「そう。違う言い方をするなら、詞・バーミリオンの肉体がこのゼファーになっちゃったって事かな。私、自分がアドヴァンサーになっちゃってね。すっごく幸せなんだよね。えへへ」
死んだはずの詞はゼファーの意識となって蘇った。不思議な話であるが、俺は目の前にある現実として受け止めようと思う。
「それでさあ。葵」
「何だ」
「もしね。貴方が嫌じゃなかったらね。師匠と付き合って欲しいんだ」
「え? あのルノアール女史と?」
「そう。実はね。師匠はね。葵の事、すごく気に入ってたんだ。猛烈アタックをかけたかったんじゃないかな。でもね。そこに私が割って入ったみたいになっちゃたの」
「そうだったのか」
「そう。師匠はね。私の気持ちがわかってたみたいでね。自分の気持ちを押さえて私を応援してくれてたんだ。私の方はアドヴァンサーに熱中してて、告白するのも忘れてたけど」
詞が恋愛よりもアドヴァンサーに熱中していたのは事実だろう。メイル砦で一年間を一緒に過ごしたのに進展がなかった二人の関係に、ルノアール女史が痺れを切らしていたと考えれば納得がいく話だった。
俺はその後、一時間ほど詞と話し込んだ。
大分待たせたようで恐縮したのだが、皆は新型の第五世代機“アルジェンティス”のお披露目があり、俺の事などそっちのけで盛り上がっていた。
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