第13話 思わぬ援軍

 全てのアドヴァンサーには脱出装置が取り付けられている。それは空中で操縦席を上方へと射出してパラシュート降下させる装置だ。地上においても適切な姿勢を取る事で作動するのだが、詞のルクレルクはその適切な姿勢ではなかった。


 ルクレルクが被弾、爆発、炎上する過程で、操縦席が射出されることはなかった。


「詞」

「バーミリオン曹長」


 俺と王子はそれぞれ詞の名を呼んだ。しかし、返事は帰ってこなかった。


 名誉の戦死なのか。

 そして戦死とは、本当に名誉を授かるべき行為なのか。


 いや、それは生き残った者からすれば当然の敬意であり感謝である。されど虜囚となり生きながらえる事はどうなのだろうか。

 これを屈辱と捉えるか、反旗を翻すための契機と捉えるかの判断は人それぞれであろう。ただし、今の俺と王子には捕虜となる道しかなかった。


「オーガスト殿下。力及ばず申し訳ありません」

「いえ。大尉は存分に力を発揮されました。バーミリオン曹長も」

「そう……ですね」


 詞は余計な事をした。あいつは整備士だ。戦う必要なんてなかった。しかし、詞が来なければ俺と王子は死んでいたかもしれない。彼女のおかげで生き残った事は間違いないだろう。


「クルーガー大尉。武装解除してアドヴァンサーから下りてください。貴方に危害を加えることはありません」


 長剣を収納したグリンドリン、モーゼル大佐から指示があった。


 俺は武装解除した。一振りのヒートソードを持っていただけなのだが、その接続を切ってから地面へと置く。そして、コクピットハッチを開こうとしたその時、上空で再び空戦が始まった。


 十数機いるリクシアスの中へ、黒い大型の国籍不明機が果敢に突っ込んで来たのだ。


 それはあからさまに大きかった。


 通常のアドヴァンサーは全長が18m~20mの間に収まっている。これまでの歴史で試行錯誤された結果、このサイズが合理的だとされていたからなのだが、この黒い機体は30mほどの大きさだった。


 黒い機体はサイズが大きいだけで、決して鈍重ではなかった。

 派手な排気炎を噴き出しているものの、その戦闘機動は帝国のリクシアスを上回っており、速度も同等以上だった。


 携行火器で、また、ビーム砲で次々とリクシアスを撃破してく。その黒い機体に随行していた白と赤のリクシアスも帝国機を次々と撃破していった。


 突然の乱入者に王都上空は騒然とした。俺たちの上にいたリクシアスは殆どが撃墜された。モーゼルのグリンドリンは俺たちを無視して飛び立ち、あの黒い機体に威嚇射撃を加えつつ後退していく。一旦下がって戦線を整理するつもりらしい。


 それに対して王国のアルガム各機は息を吹き返す。

 被弾して一旦地上へと降りていた機体は、煙を吐きながらも再び飛び立ち、また、機体色の違う予備機も発進し始めた。


 俺はコクピットハッチを開いて簡易昇降ワイヤーをセットした。操縦席の上側から足置きと取っ手の付いたワイヤーが目の前に降りてくる。


「オーガスト殿下。それで地上へ下りてください」

「わかりました」

  

 王子がワイヤーにつかまったのを確認してからゆっくりと下へと降ろす。王子が離れた事を確認してから、俺はそのままワイヤーを伝って下へと降りた。手袋が焼け焦げ掌に火傷を負うが気にしている時間はない。


 俺は擱座し炎上しているルクレルクへと走っていく。

 膝をついて俯いている姿勢だったので、コクピット脇にある緊急脱出レバーを掴むことができた。しかし、炎上している機体は高熱で、俺の両手はじゅうじゅうと音を立てて焼けこげる。両手に激痛が走るが構わずレバーを引いた。


 コクピットハッチは直ぐに開いた。そしてその中から詞を引っ張り出した。

 全身に火傷を負い、酷い有様だったがまだ息をしていた。


「詞。大丈夫か? 詞」


 何度も呼び掛けるのだが反応はない。

 彼女は意識を失ったままだった。


 上空での戦闘は終わったようで、爆発音や発砲音はしなくなっていた。

 静かになった王都に、消防車と救急車のサイレンが鳴り響く。


 一台の救急車が駆けつけてきた。

 救急隊員が詞を担架に乗せ、救急車へと運んでいく。


「全身に火傷。酸素吸入を」

「腹部に裂傷もある。出血がひどい」


 俺の姿を認めた隊員が声をかけてきた。


「クルーガー大尉ですね。ご苦労様でした。両手の火傷が酷い様ですが、一緒に乗られますか?」

「俺の事はいい。詞を頼む」

「了解しました」


 隊員は敬礼してから救急車に乗り込む。

 俺はそれを呆然と眺めていた。


「バーミリオン曹長。助かると良いですね」


 王子が声をかけてきた。


「そう……ですね……」


 俺はそれだけ返事をした。


 全身の火傷だけなら、あるいは助かったかもしれない。しかし、あの出血ではどうにもならないと感じていた。俺の胸から腰までが、詞の鮮血で真っ赤に染まっていたからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る