(3話) 異能の力③
(あんなもん見せられて苛々してんのに、こんな時に呼び出しやがって……)
情報管理統制局西日本支部。
その所長室にて、弾力のあるソファに腰掛けた月那はクリアファイルを抱えながら舌打ちした。正面には眼鏡を掛けた白衣の男。氏名は
「任務で疲れてるところすまな――」
「用件は?」
食い気味に言った。無礼極まりなく、上司の機嫌を損なう言動だった。
「まずは地下室での任務ご苦労さま。能力者五人を仕留めてくれて――」
「いいから用件は?」
再び食い気味に。無礼な態度だが喧嘩を売っているわけではない。むしろ車谷は月那にとって良き理解者であり情報管理統制局の中で最も敬愛している人物だった。だが、地下の被害者の有様を見て怒りが沸点に達した月那にそんなことは関係ない。
月那は典型的なキレたら手に負えない性格の持ち主だった。そのせいで軋轢を生みがちなのだが車谷は笑みを崩さない。
「今回は二点だけ。報告書の確認と次の任務についてだよ」
「できてるわよ」
顔を顰めながらクリアファイルをデスクに放り投げる。中身は洋館の襲撃任務に関する記録と報告書である。
「ありがとう。確認するね」
情報管理統制局は局員に任務の顛末を細かく報告するよう義務づけている。それは組織と局員を守るためだった。
情報管理統制局は拷問まがいの取り調べを行っており敵勢力を殺害することもあるが、あくまで法律の範囲内で遂行したという形で後処理している。それはぎりぎりの処世術であり、そこに説得力を付与するために報連相を徹底しているのだ。
「敵戦力の詳細がわからない状態での戦闘。殺害した四名の『能力』はそれぞれ身体強化、身体硬化、
「…………」
わずかに溜飲が下がる。普段なら何度も手直しを要求される。
「そういえば君が地下室で見つけてくれた人達は全員助かったよ。脱水症状とか栄養失調で危険な人もいたけど、命に別状はなかった」
「……あっそ」
助かる命は多いに越したことはない。それもまた不快感を和らげる。
「あとは次の任務についてだけど、ある人物の護衛を任せたい」
「護衛? あたしが?」
眉間に皺が寄った。月那の『能力』――
「君の気持ちはわかる。でも、まず見てもらいたいものがあるんだ。ココア飲むよね?」
車谷は返事を待たず離席して、タブレット端末とホットココアの入ったカップを伴って戻ってきた。月那がそれらを受け取ると車谷が椅子に座り直す。
飲み物に罪はない。そのまま口に運ぶ。
(どんだけ苛ついてても、ココアって最高だわ)
脳科学的には甘い物はストレスを助長させるらしいが自分は違うらしい。カカオの香りと濃厚な甘みはいつも穏やかな気分をもたらしてくれる。
「奮発して良いやつを取り寄せたんだ」
車谷はココアが月那の好物だと知っており頻繁に振舞う。そこは月那的にポイントが高い。ココアの活躍もあり、月那の気分はまともな会話ができる程度には落ち着きはじめていた。
「じゃあ本題に入るね。気に食わないと思うけど、最後まで聞いて」
「それは聞かなきゃわかんない」
車谷がタブレット端末に写真を表示した。十二歳前後の白髪の少女が映っている。
「この子は
現在が二十時過ぎ。襲撃開始が十七時だったので保護されてから三時間が経過している。
「今回の作戦は相馬の複数の隠れ家を同時に襲撃する作戦だったんだ」
「聞いてないけど?」
「上層部で情報を止めてたからね。君が攻め込んだ屋敷とは別の場所で彼女は発見された。結局、襲撃した全ての隠れ家で相馬は見つからなかったんだけどね」
「この子……髪が白いけど地毛?」
「頭髪は実験台にされたことが原因だと思う。ちなみにそれは保護した時の写真だよ」
「ふぅん。可愛い子ね。この子の護衛?」
肌が透き通るように白くて愛嬌のある顔立ちをしている。
(守ってあげたくなる、庇護欲を駆り立てられる感じ。あたしとは違うタイプの美少女だ)
容姿には相当な自信があるが、そんな月那から見ても瑞穂結樹菜は可愛らしかった。
「うん。局長の読みが正しければ相馬はこの子を
局長とは西日本支部代表の
「この子が襲われる前提で囮にする。君には襲撃者を生け捕りにすることを目的とした護衛を任せたい。手強い能力者が現われるだろうけど君になら任せられる。相馬に近い人間を捕まえることができれば状況が変わる。君ならその重要性がわかるはずだ」
なるほど。相馬を追い詰められるなら躊躇う理由はない。だが、保護されたばかりの少女を囮に使うという手法が気に入らない。罪のない一般人を統局の都合に巻き込むべきではない。
一方的に不条理を押しつけているようでは
「もっと詳しく話しなさいよ。この子になにがあったの? 相馬とはどういう関係なの?」
「そうだね。彼女にも統局に協力する理由があるんだ」
結果的に月那は少女――
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