(12話) ロールケーキとモンブラン②


 結樹菜は一刻も早く家族と再会したかった。その時、月那のピアスが鳴動した。



「ちょっとごめんね…………なに? あっそ。わかった」



 月那がピアスに触れて頬杖を突くような格好で通話をはじめた。そして、不機嫌そうにピアスを押し込んで通話を終えた。



「檜山からだった」



 ピアスで電話までできるのか。改めて、外の世界は凄い。



「あなたの家族のことで話があるらしいの。統局に戻ろ」


「見つかったんですかッ⁉」


「進展はあったみたいよ。詳しい話は統局でするみたい」


「ありがとうございます!」



 やった。見つかったに違いない。結樹菜の胸が期待に膨らんだ。こうしてはいられない。一刻も早く統局に戻らなければ。店の時計に目を向けると時刻は午後五時四十三分だった。



「あの、私たちは何時に帰るんですか?」



 身を乗り出して月那に尋ねる。



「少し落ち着きなさい。新幹線の時間を調べるから少し待ってて。あと家族の捜し方について話すつもりだったけど、それはもういいよ。とりあえず統局に戻ってから考えよ」



 この時、月那の心中は複雑だった。結樹菜が耳を塞ぎたくなる現実を耳にしていたものの、それを匂わせないよう努めていた。自制心を見失わないかぎり月那は頭の切り替えが速い。そして、内面の機微きびを結樹菜に悟られるほど迂闊うかつでもなかった。



「わかりました。ありがとうございます!」



 一方の結樹菜は家族との再会を想像して、胸が一杯になっていた。朗報ならば真っ先に知らせるはずだが、そこに疑問を抱くほど疑り深い人間ではなかった。



「あと二十分くらいしたらここを出よ。一番早い新幹線に乗るならそれがベストね。横浜駅を出るのが六時半だから統局に着くのは九時半くらい?」


「は、はい……わかりました」



 そんなに時間が掛かるのか。結樹菜はわかりやすく肩を落としたが、こればかりは仕方がない。結樹菜は半分ほど残っているアイスティーを啜った。月那のココアは空っぽである。待たせるのは悪いと判断して、急いで飲む。



「せっかくだから味わいなって。急いで飲んでも早く帰れるわけじゃないしね」



 月那がグラスに残った氷を口に含んでガリガリと小気味こきみ良い音を立てながら齧りはじめた。



「はい……」



 確かに焦っても仕方ない。結樹菜はアイスティーを少量ずつ口に入れた。すると月那が思い出したように左耳のピアスを触りはじめた。ピアスを開けている人間は洩れなく恐いと考えていたが、月那を見て偏見だと思い知った。重要なのは外見ではなく中身だ。



(昨日は恐かったけど優しくて頼りになる。お兄ちゃんとは全然似てないけど安心する。そういえば、家族が見つかったなら月那さんとはもうすぐお別れになるんだよね……?)



 月那には世話になったのでしっかり礼をしたい。あとは藪蛇やぶへびを突きそうで躊躇っていたのだが、実は尋ねてみたかったことがある。



「あ、あの……」


「なに?」


「聞いてもいいですか? その新幹線で聞こうと思ったんですけど、聞いたら失礼かなって」


「内容によるけどね。でも、わかった。今回だけはなに聞かれても怒らない」



 そういうことなら、質問しても大丈夫かもしれない。



「私、月那さんは優しい人だと思います。一緒にいるとほっとするっていうか安心します。でも、だからどうしてかなって。知ってもどうにもならないってわかってるんですけど」


「うん。なに?」


「あ、あの……ど、どうして………情報管理統制局に入ったんですか? おかしいとか、そんなことじゃなくて、どうしてそんな物騒なところにいるんだろうって……」



 お前には関係ねぇだろ。そんな怒声を浴びせられたらどうしようかと思ったが、



「なんだ。そんなこと。檜山は言わなかったんだ? 教えてもよかったのに」



 月那が氷を咀嚼しながら他人事のように。



「いいよ。教えたげる。あたしだけ知ってるのはフェアじゃないしね」



 そのあっけらかんとした態度に、結樹菜のほうが戸惑った。



「話しにくいことじゃないんですか?」


「なんでそう思ったの?」


「なんとなく、訳ありなのかなって……」


「まあ、確かに思い出しただけでもむかつくわね。でも、あなたが悪いわけじゃないし、さっきも言ったけどフェアじゃないから話しておく。ただの昔話だと思って聞けばいいよ」



 結樹菜はほっと肩の力を抜いた。しかし、間もなく後悔することになる。



「あたしのママは統局の研究員だった。父親は戦闘員だったけど私が四歳の時に死んだ。顔も覚えてない。ママは統局で働きながらあたしを育ててくれた。あたしは周りの女の子みたいにおしとやかじゃなくて男の子と喧嘩とかしてたから、かなり手を焼いたんじゃないかな?」



 月那が愛おしそうに笑うので釣られて微笑んだのだが、



「それで父親が死んでから半年後くらい? その頃は戦隊ものにはまっててね。よくヒーローショーに連れて行ってもらったんだけど、その時にあたしを庇ってママが殺されたの」



「…………ッ⁉」



 息を、呑んだ。



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