(5話) 情報管理統制局②
『能力』研究の先駆者であり多大な貢献をしたにもかかわらず凶悪な犯罪者として追われている相馬直弘。そこには身の毛もよだつ恐ろしい背景があった。
たとえば両手足を縛った子供を地面に寝かせて、トラックで指先から掌にかけて入念に踏み潰していく。同じ要領で両脚を潰して最後にはゆっくりと腹部に乗り上げる。
たとえば夫婦を額合わせで床に寝かせて、夫の頭を拳銃で撃つ。いろいろな角度から撃ち続ける。夫の頭部が蜂の巣みたく穴だらけに変わりゆく様子を間近で妻に見せつける。
「そんな惨い実験をして目覚めるかどうか試した。しかも、被害者を外部機関に売り飛ばしたり、統局に保護させたりして、堂々とデータ収集を行っていた」
「な、なんで……そんな、ことを……?」
「うん。意味がわからないよね。被害者は三百名を越えていて、そのうち大半が死んでいる。そんな狂気染みた犯行を繰り返したことでこうも呼ばれてる――『
他者を故意に傷つける精神が結樹菜には信じられない。人には優しくするものだと家族からも教わっていた。だから、結樹菜には相馬の心理が微塵も理解できない。当然、その目的も。
「さて、重要なのはここからだ。相馬は非人道的な実験を行う『凶人』だった。実際に保護された人のほとんどが
「…………?」
「君は隠れ家の一つで発見された。別の隠れ家で救出された女の子もいたけど右腕がなかったり栄養失調になってたりする子がほとんどだったし、こう言ったら悪いけど不潔だったし悪臭もした。でも君は違う。そこから一つの仮説を導き出すことができる」
腕がない発言に混乱しつつも耳を傾ける。
「君にはなにか特別な価値があるんだ。たとえば有益な『能力』に目覚める見込みがあったとか。だから死なない範囲で実験したんじゃないかな。さっき目覚める条件は話したよね?」
『能力』のような異能に理解を持ち精神的または身体的に追い詰められること。地下室でも同じ説明を受けた。
「まず君に『能力』の知識を刷り込む。そして、怒鳴ったり殴ったり猫の死骸を見せたりして精神的に追い込んで目覚めさせようとした。実際に君はなんらかの『能力』に目覚めてる」
「……私がですか? でも、そんなの聞いたことないです」
「情報管理統制局には『能力』の有無を確認する装置がある。心当たりあるかな? ちなみに『能力』の性質は目覚めた本人が本能的に把握しているものらしいけど?」
勿論ないので
「無意識下で働くタイプかな。統局でも有無まではわかっても性質まではわからなくてね。ともかく、君は相馬と因縁がある。僕たちはそんな君を囮にして相馬を誘い出したい。君に価値があるっていう仮説が正しければ取り返しにくる可能性があるからね」
檜山の口調は真剣だ。だが、知らないことばかり説明されたあげく狙われると言われても実感が沸かない。そんなことよりも結樹菜は家族と再会したかった。
「あ、あの……すいません。そういう話は家族と会ってからでもいいですか?」
「ごめん。それは無理だ。君の父親である
「当たり前です! お父さんもお母さんもお兄ちゃんもいます!」
「だったら家族の方もトラブルに巻き込まれたのかも。君の捜索願も出てないし」
「そ、そんな………どこにいるかわからないし無事じゃないかもしれないってことですか?」
正直、さきほどまで話半分で聞いていた。だが、家族が行方知れずとなれば話が変わる。
「そうだね。でも、安心して。被害者を保護して家族に引き渡すのも統局の役割だ。協力はさせてもらうよ。でも、そのための情報が足りない。だからこそ提案がある。さっきも言ったけど、君には特別な価値があるはずだ。だから、囮になってほしい」
檜山が『お茶飲むかい?』みたいな軽い口調で言った。
「相馬に捕まればまた同じ目に遭うかもね。でも、君の家族が人質になってるかもしれないし囮になって相馬を誘き出した方がいいんじゃない? そこから手掛かりを得られるかもしれないし、救出するなら急いだほうがいい。勿論、君のことは守るつもりだよ」
「……っ…………ぁ…………」
ようやく全容が見えてきた。家族の情報を入手するために囮になれと檜山は言っている。そして、それは相馬の手掛かりを欲している統局にとっても都合が良い。
結樹菜の家族は優しかった。父と母は仕事や家事の合間を縫って毎日会いにきて話し相手になってくれた。兄は学校に憧れる結樹菜のために病院で授業をしてくれたし、何度も励ましてくれた。結樹菜はそんな家族を愛している。その三人の命が懸かっているなら迷うべきではない。首を縦に振るのだ。だが、こうも思った。
どうして自分だけがこれほど辛い目に遭うのだろう。発作のせいで通学を諦めて地下室で地獄を味わって。囮になれば進展するだろうが、そもそもなんの苦労もなく家族に囲まれて通学して健やかに過ごしている人間の方が圧倒的に多いではないか。
それなのに自分だけが辛い目に遭うのは不公平だ。弱気になったり落ち込んだりするたびに励ましてくれた家族はここにいない。その事実にますます気持ちが沈み、視界が滲んでくる。
「少し時間を上げるから一人で考えてもいいよ。三十分くらいしたらまた来るね」
檜山が席を立ち、結樹菜は応接室に残された。だが、孤独は答えを授けてはくれない。
「そんな………こんな、ことって………」
どうしたらいいのだろう。涙が溢れてきて、膝の上で固めた両手に落ちた。その時だった。部屋の扉がノックされたのだった。
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