(7話) 護衛任務開始


 護衛任務を完遂するにあたっては、いくつか確認すべき事項がある。



「具体的になにをさせればいいの?」


「とりあえず瑞穂君のゆかりある土地に出向いて情報を集めよっか。現地でしか得られない情報があるかもしれないから。これが任務の詳細と情報をまとめた資料」



 資料を受け取り、ページをめくって手短に確認した。当然だがわかっていないことのほうが多い。大した情報はなさそうだ。そんな感想を抱きつつ読み進めたが、



「ちょっと……これ、どういうこと?」



 とある記述に目が止まる。結樹菜とその家族構成についてだ。



「それについてはちゃんと話すよ。瑞穂君は寝てると思うけど念のため耳貸して」



 檜山が月那の右耳に口元を寄せる。



「実は『瑞穂結樹菜』という少女がしていて、その兄が総司そうじ、両親がそれぞれ幸路ゆきじ加奈子かなこだった」


「偶然なわけないわね。どういうこと?」


「今、裏を取ってる最中だよ。病院に診療記録の照会を申請したから時間はかかるけど血液型や病状はわかると思う。あとは写真でも見つかれば本人かどうかの照合はできるんだけどね」


「『瑞穂結樹菜』がっていうのはどこ情報?」


「僕がコネを使って確認したんだ。情報元については信頼していい。とはいえ、どっちみち裏を取る必要があるから病院には問い合わせるつもりだよ」



 檜山の言葉を鵜呑みにすべきかどうか迷ったが、話が進まないので無言で首肯する。



「『瑞穂結樹菜』が死亡してることは調べでわかったけど、総司、幸路、加奈子の行方については調査中。瑞穂君を保護してからまだ数時間だ。調べ切れなかったよ。どっちみち、この子が『瑞穂結樹菜』である可能性は低い。嘘をついてるようには見えないけどね……」



 月那もそれは同意見だ。結樹菜は意思力がなさそうだが嘘をついているふうには見えない。



「でも、本当ならを名乗ってることになる。どうして?」



 はっきり言って、意味不明である。



「今回は優秀な僕でも即答できない。なにかわかったらつど共有するよ」 

「まだなにもわかってないってことね。使えないわね」



 どちらにしても単純な護衛任務では終わりそうにない。月那は認識を改めつつ体を後ろへ引いて檜山から距離を取る。



「話し終えたなら離れろ。それと、この子横浜の病院に入院してたって書いてあるけど?」


「そんなあからさまに避けなくても……まあ、いいや。横浜の病院がどうかした?」


「地理的にはどう考えても東日本支部の管轄でしょう?」


「うん。そうなんだけど保護した場所的にはうちの管轄と言えなくもないんだ。だから、西日本支部で引き受けた。西日本支部で対応するなら君が適任だと思う。気を悪くしないでほしいんだけど、君は情が湧いても敵なら迷わず殺せるよね?」


「当たり前でしょ」



 敵は殺すものだ。躊躇するなど問題外かつ理解不能だ。



「君には護衛を頼みたいけど、彼女がスパイだったら処分をお願いしたい」



 檜山は結樹菜が被害者にふんしたスパイであることも想定しているようだ。その用心深さは局長としては不可欠であり檜山のそういう面は信用できる。それでも、月那が檜山を人間として嫌悪することには変わりないのだが。



「武器は拳銃と警棒まではオッケー。手榴弾と短機関銃は駄目」


「拳銃で殺せない奴が出てきたらどうすんの?」


時間セカンズ制御ドロウ自体に攻撃力はないもんね。それはわかってる。でも許可は出せない」


 月那は眉間に皺を寄せた。しかし、命令と規則には従わなければなるまい。



「わかった。それとこの子の言うことが本当ならこの子が『瑞穂結樹菜』本人かどうかはさておいて、小さい頃からずっと入院してたのよね? どこか悪いの?」


「それが不思議でね。検査で病気や疾患は見つからなかった。あと言い忘れてたけど君達を遠巻きに監視する情報員をつける。感知能力者はつけられないけどなにかあれば連絡させる」



 統局は月那みたく戦闘に従事する戦闘員、情報収集や実地調査を担当する情報員、検査と戦闘員のサポートをする研究員の三種類で構成されている。今回は情報員が監視につくようだ。


「『檜山局長頼りになる』って? まあね」


「まだ二十代よね? その年齢で幻聴はやばいんじゃない?」


「僕にそんな態度取るのは君くらいだよ。口調はともかく皆も君みたいに遠慮なくぶつかってくれていいのにね。やっぱりイケメンで優しくて仕事も完璧だから『つまらない相談して檜山局長を煩わせたくない』って思っちゃうのかな?」



 その軽口を月那は無視した。檜山は時を弁えずふざける時がある。月那は檜山のそういうところが嫌いだった。相手するのも煩わしい。月那はさっさと立ち去ろうとしたのだが、



「橘君」



 呼び止められる。その声に遊びっ気はなく真剣な面持ちだった。切り替えが早い。



「瑞穂君をよろしく。彼女の証言が真実かどうかはさておき今回の任務は統局の命運を左右する重要な任務になるかも。くれぐれも注意してね」


「心外だわ。あたしのこと油断するような馬鹿だと思ってるの?」


「いや、ごめん。そんなつもりじゃないんだ。君なら大丈夫だと思ってるけど、局長なんだから局員を気に掛けるくらいは許してよ。瑞穂君をよろしくね」



 檜山は曖昧な笑みを残して応接室をあとにした。呼び止めてまでそんな話をする必要があっただろうか。檜山らしくないと感じたが気に留めず結樹菜を横抱きにする。結樹菜の涙に濡れた頬が月那の瞳に映る。



(嘘泣きには見えなかった。正直、嘘だったほうが単純よね。逆に嘘じゃなければ二十五年前に死んだ人間を名乗ってることになる。そっちのが意味わかんない)



 必要な情報が足りない。欠片ピースが不足したパズルを突き付けられているような気分である。欠片を集めて回るしかないのだが今回はそのいずれかに相馬が関与している可能性が高い。


 おにが出るかじゃが出るか。


 どちらにしても、やることは決まった。護衛と家族の捜索。囮に釣られた屑は生け捕りにする。内通者スパイなら殺す。方針を定めたなら貫くのみ。しかし、まずはベッドに運ぼう。月那は矮躯わいくだが部屋に運ぶ程度なら朝飯前だ。月那は涼しい顔で結樹菜を抱えたまま応接室を後にした。





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