リジェネレーション――復讐を誓った孤高の少女と心優しき白髪の孤児――

山中一博

一章 白髪の孤児

プロローグ 凶人――相馬直弘――

「やはりそういうことか……」



 薄暗い地下室で僕は簡易ベッドに両手を突く。おさない少年がはだかで横たわっている。その全身には無数の電極でんきょくとコードが張り付いていて、仰々ぎょうぎょうしい精密せいみつ機器ききと繋がっていた。



 ピ――ピ――ピ――。



 精密機器が耳障みみざわりな電子音を発している。それは少年の命が尽きたことを意味している。死因は『能力のうりょく』の反動による衰弱死だった。『能力』に目覚めた人間の一部にそのような症状が出ることがある。まさにそれが死因だった。そして、その事実は僕に一つの確信をもたらした。


 あの子の死因も同じだったのだ。『能力』の反動ひいては『能力』そのものが、あの子を殺した。だが、あの子が息を引き取った三年前はこの真相に辿り着けなかった。あの子をうしなってから三年……長かった。


 当時はしょうびょうの正体がわからず手も足も出なかった。あの子が亡くなった瞬間にあとを追うのも考えたが、あの子のためになに一つできないままでは合わせる顔がなかった。だから、せめて死因を解明することを手向たむけにしようと思った。



 それから三年という時間がかかった。あまりにも長い時間だった。



 答えに辿り着くのに三桁を越える犠牲が出たが、あの子のためだと思えば些事さじである。なにせあの子の命と有象無象うぞうむぞうのそれとでは重みが違うのだから。



「ようやく……か」



 これでようやく顔向けできる。そのためだけに生きてきたのだから、もはや未練はない。一刻も早く天国で待つあの子に会いに行こう。



「…………」



 そこまで考えたところで、ふと思った。



 前から疑問を感じてはいたがやはりおかしくないだろうか。

 どうして、あの子が死ななければいけなかったのか?



 これまでに、何度考えても、何度考えても、何度考えても、納得いく答えは見つからなかった。むしろ、納得できて堪るかというのが本音だ。



 あの子を殺したこの世界は間違っている。絶対に間違っているのだ。



 優しくて、素直で、一生懸命だったあの子が死んだ。なのに、世界は醜悪しゅうあくかつ薄汚うすぎたない人間で溢れている。そんな世界が正しいなどとは言わせない。



 ピ――ピ――ピ――。



 垂れ流しの機械音が無性むしょうにうるさくなった。



「くそッ! なぜだ⁉ なぜなんだッ⁉」



 僕は右手でベッドを殴りつけた。激しい痛みが拳をめる。ベッドが横転して少年の遺体が尻を突き出すような格好でうつ伏せになった。



「……ッ!」



 その姿勢に侮辱されたような気分になった僕は、屍の脇腹を蹴り飛ばした。



「くそッ……なんで……?」



 力なく呟いた時、視線を感じた。少年の遺体が口を半開きにして僕を見上げていた。その間抜け面を見ているとますます腹立たしくなってくる。



「ふざけるな!」



 近づいて蹴飛けとばそうとした瞬間に、遺体の胸に刻まれた二つの数字に目が止まった。『二一二』、『Ⅲ』という文字だった。それは実験材料を区別するための識別コードだった。少年は二百十二人目の実験材料で『特殊型とくしゅがた』に分類される『能力』を持っているという意味だった。


 珍しい力ではあった。右手に触れている物体を半径十メートル以内に転移させるという『能力』だ。だが、反動が大きすぎて制御どころか日常生活もままならず『能力』の使用を強要したら呆気あっけなく死んだ。非常に使えないモルモットだった。あの子の死因を絞り込んでくれたという点では役立ったのだが――



「……ッ!」



 その時、脳裏のうり稲妻いなづま閃いた。少年の『能力』から着想ちゃくそうを得た突拍子とっぴょうしもないアイデア。

『能力』だけでは不十分だが二つの条件を満たせばあの子を取り戻せるのでは?

  



 薄暗い地下室に光が差し込んだ。




 理論的には成功率は極端に低い。でも、そんなことは関係ない。あの子に会えるなら手段は問わない。迷う余地よちなどあるはずもなかった。


 あの子と歩む未来以上に優先されるものなど、この世に存在しないのだから。



「約束するよ。僕が必ず取り戻してみせるから、それまで待っていてほしい」



 僕は口元に笑みを浮かべながら、天井を見上げた。






 それは『能力』犯罪史に名を残す稀代の大罪人――相馬そうま直弘なおひろ――誕生の瞬間であった。




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