(1話) 異能の力①

 炎を操る発火能力パイロキネシスやまいや怪我を癒す治癒能力ヒーリング。物体を操る念動力テレキネシス


 いわゆる超能力に分類される異能の力。のちに『能力』と呼称されるそれらの力は九十年代後半に一人の日本人科学者によって立証された。


 人命救助、捜索活動、医療発展などあらゆる分野で革新的な活躍が見込まれた『能力』だったが、人々に受け入れられるまでには長い時間を必要とした。


 反感、恐怖、思想、宗教またはその信憑性といった観点から、人々は『能力』を受け入れようとしなかったのだ。転機が訪れたのは『能力』が公表されてから数年後のことだった。各地で『能力』を悪用する凶悪な犯罪者が立て続けに現われたのだ。



 超人的な敏捷性で一分間に六十名の人間を切り刻んだ者。乗用車を投擲して百を超える高層ビルを崩壊させた者。電撃を放ち一つの集落を焦土に変えた者。


 それらの犯罪者を皮切りに『能力』犯罪は増加の一途を辿ることとなった。事態を重く受け止めた世界各国は『能力』犯罪の法整備と対策機関の設立を急いだ。日本は『能力』を公表した科学者の尽力もあり、二〇〇〇年に世界で最も早く『能力』犯罪を取り締まる国家機関──情報じょうほう管理かんり統制局とうせいきょく──を立ち上げたのだった。








(抵抗すんな糞共が…………忌々しいッ‼)



 人里離れた山奥にそびええ立つ、廃墟のような洋館の通路でたちばな月那るなは舌打ちをした。その身長は百四十センチメートルに満たないほど小柄。肩に掛からない頭髪は金髪に染めており鼻梁の整った端正な顔立ちをしている。美しいと評すべきその相貌は、しかし不愉快そうに歪んでおり切れ長の目は猛烈な怒気を宿していた。


 山岳に吹き付ける冬の風は戦闘服の防寒性を嘲笑っているかのようだったが、そんな冷気は月那の眼中にない。


 右手であいじゅう――グロック26――を握り締める。小柄で携帯性に優れており他国では私服警官や麻薬捜査官などに支持されている拳銃だ。小柄な月那ではそれでも手に余るのだが、これまで共に戦ってきた相棒である。そんな愛銃に加えて無骨ぶこう小銃しょうじゅうをスリングで携えつつ両眼を細める。


 近くに敵影はない。通路を前進すると月の光を含んでいるかのような美しい金髪が小さく揺れた。



「こちら橘。目標発見できず」

『了解。任務を継続せよ。くれぐれも油断するな』



 当たり前だ。通信マイクを切って奥を見据える。油断などもってのほかだ。月那に言わせれば油断して足元をすくわれる人間は三流の死にたがりだ。


 自殺したいなら余所でやれ、月那は思う。


 今回の任務は洋館に潜伏する犯罪者ターゲットの確保及び能力者と思しき配下たちの制圧だった。


 能力者との戦闘は警察ではなく情報じょうほう管理かんり統制局とうせいきょくの管轄となる。月那は情報管理統制局の戦闘員であり、その中でも指折りの実力者だった。



(襲撃開始が十七時だった。それから十数分が経過してて、殺した能力者は四人目。本気で笑えないわ。屑共が……お前らどんな人間に協力してるか本気でわかってんの?)



 胸糞悪い。連中の親玉――首謀者――はどうしようもない外道で屑だというのに。そんな屑に加担する精神が信じがたい。屑は殺さなければ治らない。月那の持論である。そういう意味では五人も治療してやったのだから、感謝してほしいくらいである。


 奥に扉を発見した月那は耳をそばだてて内部状況を探った。室内にいるのは、おそらく三人。全員が能力者ならばさすがに分が悪い。



(二人殺す。三人目が能力者でなければ生け捕りにする)



 即決して『能力』――『時間制御セカンズドロウ』――を発動。同時に扉を蹴破った。白衣を着用した三人の男を視認。人数は予想通りで服装から察するに非戦闘員。好都合である。



「――ッ」



 物音に気づいた三人がふところに手を伸ばす。月那にはその動作がスローモーションのごとく緩慢に見えた。月那の『能力』である時間セカンズ制御ドロウの効力だった。時間制御は直径三十メートル圏内の時間の進行を遅らせる異能であり、自身と発動時に月那が触れていた武器や生物は影響を受けない。そして、その影響力は対象の質量と体積によって変動する。



 たとえば人体に対しては時間の流れを四倍まで引き延ばすことにより動きを四分一しぶいちまで減速させる。銃弾みたく体積と質量の小さい物体に対しては時間の流れを十倍まで引き延ばすことで速度を十分の一まで減速させる。言い換えれば敵対者に四倍スローモーション、銃弾には十倍スローモーションを強要したうえで使用者は通常の速度感で行動できるのである。



 銃撃戦ならば相手の銃弾を本来の一割――時速三十キロメートル弱――まで減速させつつ敵の動きは四分一しぶいちまで減速させるということだ。結果、相手が照準を合わせるより速く眉間に風穴を空けることも可能となるため、近中距離戦にてその真価を発揮する。


 時間制御の効果は十秒間継続する。非戦闘員の処理にはじゅうぶんすぎる時間である。月那は三名が拳銃を掴むより速く二人の胸を撃ち抜き、三人目の左肩に風穴を開けた。屑二人を抹殺できて清々したが、そこで気を抜くほど月那は愚かではない。



「ぐっ……ぎゃあああああああ!」

(屑の悲鳴ってどうしてこんなにむかつくのかしら?)



 絶叫する男の両足に重ねて発砲する。そのまま顔面を蹴り上げてから銃口を突きつける。その方法なら大抵の人間が静かになることを月那は経験則で知っていた。時間制御を発動して八秒が経過した。残り継続時間は二秒。



「ぐっ……うっ…………!」



 男が額に汗を滲ませながら目つきを鋭くする。邪魔するなとでも言いたげなその表情に、思わず殺したくなった。



(お前は屑に取り入った人間だろが。殺されて文句言える立場か⁉ 邪魔してんのはあたしじゃない。お前があたしの邪魔してんだよッ‼)



 時間制御を発動して十秒が経過して、その効力が消滅した。



「おい、くず相馬そうまの居場所は?」



 相馬そうた直弘なおひろ。それが洋館に潜伏する犯罪者の名前だ。相馬の罪は殺人、誘拐、人体実験など幅広くその被害者総数は三百を超える。近代犯罪史でも類を見ない悪人である。



「けっ……ションベン臭そうなガキじゃねぇか。大人しくママのおっぱいでも吸ってな。それとも捨てられたか? お前よりも男のほうが大事だってかぁ?」



 男が下卑げびた笑いを浮かべる――より速くブーツで顔面を蹴り飛ばす。


 ぐしゃり、と鼻の骨が潰れる感触がして血液が飛び散った。汚ねぇな、月那は思った。屑の返り血を浴びるなど不愉快極まりないが、今はそれどころではない。月那は男の銃痕を踏みつけつつ発砲して男の右耳を吹き飛ばした。 



「ぐぅ……ぎゃあああああああッ……!」

「うっせんだよ‼」



 今度は左頬を蹴り飛ばし、銃口を押しつけて首の動きを固定する。男の顔面は血塗れになっており、怯えながら涙を流していた。


 やりすぎた、とは思わない。月那は今年で十七になるが身長が百四十センチメートルに満たないため小学生だと勘違いされることもあった。ゆえに子供扱いには耐性があるのだが、母親を馬鹿にされるのだけは我慢ならず、これまで母親を貶めた人間を許したこともない。


 ただの一度たりとも、である。



「居場所は? 答えれば殺さない」



 低い声で告げてから、ゆっくりと引き金を絞っていく。



「ま、待ってくれ。本当に知らねぇんだ。俺は見張ってただけだ」

「だったら最初から言えよ。糞が………」



 聞こえるように舌打ちして、スリングで吊っていた小銃に持ち替える。やたら銃身が長く構造の脆い特別製である。



「た、頼むッ! 止めて……止め――」



 男が言い終わる前に銃声が響いた。



「なっ……え……?」



 どうして撃ったのか? 男がそんな顔で見上げてくる。



(あんた馬鹿なの? 助ける義理があると思ってる?)



 月那は窮地に立った途端に命乞いするやからが嫌いだった。屑であるほど他人の命乞いを無下にするにもかかわらず、追い詰められると態度が豹変する。そういう人種を見ていると殺意が湧き上がってくる。しかし、『一名以上は拘束しろ』との命令が出ているため、特別製の麻酔銃で生け捕りすることにしたのだった。



「ぐ、ぐ……こ……」



 男は泣きながら歯を食い縛ったが、しばらくして気を失った。この場で死ねたほうが男にとっては幸福だったかもしれない。数時間後、男は拷問に近い取り調べを受けることになるからだ。月那としてはむしろいい気味だと思うが。



「ざまみろ、糞野郎」



 仄暗ほのぐらい達成感に任せて言い放ったが次の瞬間には頭を切り換える。周囲には埃被った机と古びた空っぽの本棚。三人がかりで守る価値を有する部屋には見えない。詳しく調べた結果、地下に続く隠し通路を発見する。



(とびきりの屑――相馬直弘そうまなおひろ――の拠点に隠し通路。よほど碌でもないものがありそうだわ)



「こちら橘。地下室を発見。進むわね」

『了解した。部隊を向かわせる。可能な範囲で先行せよ』

「了解」



 月那は通信を切ってから、階段を下りた。



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