(2話) 異能の力②

(とびきりの屑――相馬そうま直弘なおひろ――の拠点に隠し通路。よほど碌でもないものがありそうだわ)



 階段を降りるとひらけた空間に行き着いた。左右に鉄格子で仕切られた牢獄のような部屋が並んでいる。合計で四十部屋ほどだ。各部屋の中央には成人男性を収容できるサイズのカプセルが一つずつ置かれており、その内部は半透明の粘着質な液体で満たされていた。


 粘液になにかが浸かっている――



「……ッ⁉」



 月那は手近のカプセルに近寄った。虚な瞳の少女が浮かんでいた…………右腕がない。息はあるが顔色がぞっとするほど青白く、体は棒きれのように痩せ細っており、両眼の焦点が合っていない。左腕と両足には無骨な拘束具が付いており、骨が浮き出た細い首には鉄製の首輪が嵌められていた。口元を覆う酸素吸入器で辛うじて呼吸している。

 隣のカプセルには全身に火傷を負った少年が、その隣には両眼を潰された青年が入っていた。慌てて周囲のカプセルも確認する。



(まさか……そういうこと⁉ 全部被害者で、ここは被害者の保管場所ってわけ⁉)



 相馬直弘は拉致した人間に非人道的な人体実験を施す悪鬼でもあった。しかも、その被験者ひけんしゃを外部の研究機関や裏組織に売り飛ばして資金しきんりしている。



(糞がッ……‼ どうしてお前らは無関係な人間を巻き込むんだ⁉)



 全身に鳥肌が立った。相馬への殺意で頭の中が真っ赤に染まり無意識のうちに拳を固く握っていた。爪先が皮膚を突き破り掌に血を滲ませたがその痛みは月那を少しだけ冷静にさせた。


 この場で憎悪を募らせても無意味。かんしゃくに時間を費やすくらいなら被害者の容態を確かめろ。月那は怒りに震えながらも深呼吸して、頭に籠もった熱を吐き出した。



「………ッ」



 深呼吸は案外馬鹿にできない。過熱した脳内の空気を入れ換えるだけで見え方がだいぶ変わってくるものだ。



「……こちら橘。地下に要救助者を多数発見。急いで。それと相馬は見つかったの?」

『救助の件、了解した。相馬は発見できていない。ダミー施設だったようで――』



 通信を切る。相馬への苛立ちがそうさせた。奇襲が空振ったのは今回が初めてではなく、情報管理統制局は何度もしんさんを舐めさせられている。相馬は今頃『出し抜いてやった』と高笑いしていることだろう。そんな光景を想像すると頭の中が焼き切れそうになる。



「糞がッ…………むかつく‼」



 その叫びは誰にも届くことなく、暗い地下室に呑み込まれた。







 屑たちが平然と生きていられるこの世界は腐っている、橘月那はそう思う。


 少女を拉致監禁して強姦する糞野郎。我が子を殴り殺す糞ったれ。家族を殺し合わせるのが大好きだと笑いながら豪語するゴミ野郎。



 全員死ねばいい、月那は思う。



 むしろ殺してやりたい。だが、殺したいから殺すという理屈は通用しない。法治国家では人間を裁くのは法律でなければならない。ところが『能力』犯罪に関しては事情が変わる。『能力』犯罪の立証が難しいからだ。


 たとえば『能力』で洗脳した相手を強姦しても『合意があった』で押し通せる。物的証拠の残らない『能力』で首を切断すれば凶器は残らない。毒ガスを大量に散布する『能力』で人々を殺戮しても黙秘でやりすごせる。そんな不条理がまかり通った。


 鍵となったのは『能力』の有無についての科学的証明。それが欠如するため決め手を欠き、捜査は行き詰まり、容疑者のほとんどが証拠不十分で釈放されるという忌むべき事態が発生しつつあった。



 そんな馬鹿げた状況を是正するための組織が情報じょうほう管理かんり統制局とうせいきょくだった。


 情報管理統制局は『能力』の有無を明らかにする技術を完成させたほか『能力』の扱いに長けた戦闘員を駆使して『能力』犯罪を取り締まりつつ被害者の保護支援を実施して、『能力』犯罪に浮き足立つ社会に秩序をもたらした。


 そんな経緯から情報管理統制局に好意的なイメージを抱いている人々も多い。『正義の代行者』などと賞賛する声もある。しかし、その内情は世間の持つイメージとはかけ離れている。


 情報を秘匿しているだけで情報管理統制局は拷問まがいの取り調べを行っており敵対する能力者を殺害することも珍しくない。


 合法シロ違法クロで判断するなら限りなく違法クロに近い灰色グレー。そんな組織の在り方を政府は黙認している。


 『能力』犯罪に対抗するには情報管理統制局のような薄暗い組織が必要だった。それはそこまでしなければ裁けない邪悪な能力者が蔓延はびこっている証左ショウサでもあった。



 能力者に家族や友人の命を奪われた結果、私怨や憎悪に突き動かされて情報管理統制局に入局する人間も少なくない――橘月那もそんな人間の一人であった。

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