お江戸にやって来たぞっ その③
奉行所のお白州で、二人の男が向かい合っている。上座でにらみを利かせるのは、北町奉行・
大久保は「この若造、何をニヤニヤしているのだ」と、その若造に軽薄さと不気味さを感じていた。大久保の両脇には、狛犬のように二人の与力が控えている。奉行所の
「寒九郎、この男は何者なのだ」
「知らねえが、
「それで連行するってのもどうなのよ」
「いいだろ、連行すんのはタダなんだから」
というヤリトリを、二人は視線だけで終えた。その間風天丸は、じれったいような顔をして足をもぞもぞさせていたが、そのうち我慢できずに勝手に喋り出した。
「名前は風天丸、十六歳。伊賀の里育ち。好きな食べ物は納豆。足袋をボロボロにしたので捕まりました。職業は……」
「ストップ、ストップせい馬鹿者。何なんだお主、何が目的なんだ、拙者たちも暇人ではないのだぞ」
「よくぞ聞いてくれた。単刀直入に訊くけど、お奉行様は青く光る妖刀を持った男を知らないか」
「知っていたとして、どうするつもりだ」
「主人の仇だ。この手で殺す」
大久保の視線が内藤に向く。内藤は鼻の下を擦った。「嘘をつけ」という合図である。「知らん」と突っぱねると、風天丸はアテが外れたと言わんばかりに困った顔をした。妖怪贔屓の幕府の人間、それもお奉行ともなれば、妖しい人物の事情にも明るいと考えての事である。しかし仮にそうだったとしても、相手が本当のことを喋ってくれるかどうかはまた別の問題であるのだが、それはそれである。
「だとすりゃ、せめて長屋の連中を出してやってくれよ。いくら何でも障子紙破いたり、茶碗落としただけで折檻ってのはあんまりじゃんか」
大久保の弁慶のような顔がピクリとした。自分達のやり方にケチをつけられたことでなく、「お前に言われんでもわかっとるわい」という苛立ちのようであった。見かねて「小僧」と声をかけたのは、内藤である。
「大久保殿や我らは、何もカルト集団というではない。付喪神令とはいえ、厳しく罰するようなことはせん」
曰く、大袈裟に捕縛し、大衆に見せしめにすることに意味があると言う。奉行の中には、そういう者たちこそ厳しく罰するべきという意見の者もいるが、この大久保という男はどうにも庶民に肩入れしているらしい。意外に人情味あふれる男らしかった。
「なんだ、見直したぜお奉行様。じゃあ俺も早いとこ出してよ、もう用事済んだし!」
「いや、お主は牢にしばらくぶち込む」
「え、なんで釘や障子紙はセーフで、足袋はアウトなんだよ」
「そういうことではない」
「あ、分かった。俺が妖刀野郎を狙ってるからだな? だがまだ実行してないぜ、未遂だ未遂」
「そういうことでもない」
「じゃあ俺の何が悪いんだよお」
「お前は! 態度が! 悪い!」
役人に縄を引かれて、風天丸は連れていかれた。小さな声で「なるほど、俺は態度が悪かったのか……」と漏らしていた。
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