お江戸にやって来たぞっ その④

 三人になったお白州では、瀬田が「分からないなあ」と首をかしげている。

「ねえねえ内藤さん、どうして嘘つくんです? さっきのヤツに教えてあげればいいじゃないですか、その妖刀使いのこと」

「バカ言え、仇討ちに来てんだぞ。ほいほい出せるか」

「変だなあ。仇討ちったって、どっちかが死ぬだけじゃないですか」

 頭痛がしてきた内藤の傍で、大久保が思わず笑った。威勢のいい「がっはっは」というものである。

「冬之介はいつも明るいなあ!」

「だもんで、たまに怖いけどよ」

「そうだ。私ちょっとさっきの奴と会ってきます。ひょっとしたらアレに使えるかもしれませんよ」

 “アレ”という言葉に大久保の眉毛がピクリと動く。そして首をひねって唸り始めた。

「ううむ……願っても無いことだけども、余所者は信用できん」

「そっちの方が都合がいいぜ。何かあった時、俺達はシラを切りとおせば良い」

 冬之介が「あ」と内藤を指差した。久方ぶりにこの二人の意見が合ったのである。そういうわけでこの二人が太鼓判を押すのなら、と大久保も腹をくくった。

「まあ、確かに……早めに打てる手は打っておいた方が良いし、なによりアレがずっとうちにあるのはいささか困る」

 実を言うと大久保も“アレ”が奉行所ここにあるというのは、人を斬った匕首をそのまま懐に仕舞いこんでいるようで、毎日生きた心地がしない。誰かしらが“アレ”を外に連れ出し、あわよくば自分たちの悲願を果たしてくれるなら、こんなに嬉しいことはなかった。

「やった。大丈夫ですよ、ダメそうなら斬りますから」

「そりゃ構わねえが、あんまり口きくなよ。お前は色々と喋り過ぎるから」

「はーい」

 そう言い終わるや、冬之介は駆けだした。遊びに夢中になった子供のようである。そして彼が居なくなると、妙に場が静かだ。

「ほら、湿っぽい顔すんな。何か話せよ」

「じゃあ今朝のことなんだけども、娘がな、玄関先に貝殻をぶら下げてたんだよ、ちっちゃい手でよお」

「ケ、近ごろのアンタ、娘の話ばっかりじゃねえのよ」

「だって可愛いぃ~んだもん」

『雨が降らないから、庭の作物が育たん』と父が零したので、娘は雨乞いの御呪いに蛤の貝殻を吊るした。貝殻には彼女の字で「禰々子ねねこ」とあった。河童の頭領の名である。今や人々は妖怪にすがって生きている。

「天狗星の件から妖怪が幅利かせてきたな、寒九郎」

「ん」

「これからも妖怪に従って生きていくのかなあ、俺達。田沼様がそうするってんなら、そうするしかないけどよ」

「ん」

 内藤は首筋をぽりぽり掻いた。悩んでいる時は必ずこうする。昔からの癖である。大久保が今度は静かに笑った。

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