牢名主・平賀源内 その③

 今にも殴りかかって来そうな囚人たち。

 風天丸も慌てて両の掌を見せながら一歩近づいてみたが、野生動物のようにビクりとして源内は大柄な囚人の影からこちらを覗いている。先程の飄々とした雰囲気はすでになかった。

「あ、あ、怪しいとは思ってたんだ。態度が悪いってだけで入獄なんてされるはずねえんだ、そんなバカな話があるはずねえ! お前、囚人のふりして俺を殺しに来たんだな?」

「誤解誤解誤解誤解、俺はマジに態度悪いからって入獄させられただけだし、この道具だってアンタを殺すもんじゃないってば!」

「状況証拠的にそんなの信用できるかってんだ! おい手前ら、こいつを縛るなりなんなりして、動けなくしちまえ!」

 牢名主様がそう言うならと、囚人たちは襲いかかった。凶悪犯らしい顔や雰囲気の男たち。素手とはいえまともに喧嘩したらただじゃすまないだろう。

「仕方ねえ、後悔するなよ」

 と言うと風天丸は天井に届くほど高く跳躍し、懐からさらにクナイや手裏剣を取り出した。その数、凡そ二十。

「まだ持ってやがったか」

 と囚人の一人が声を上げる。

「これでも忍だぜ、当り前よ。こっちも殺す気なんぞ無いが、動けなくはさせてもらうぜ」

 一斉に放たれた忍道具。それらが弧を描いて突き刺さった。

 壁。壁。床。壁。床。床。天井。檻。天井。床。床。壁。壁。天井。壁。檻。檻。床。天井。源内の煙管。

「……」

「……」

「このぐらいで勘弁してやらァ」

「撤収、撤収していいよ手前ら。この腕じゃ鰯も殺せねえよ」

「流石俺だよな、この人数を動けなくしちまうんだもんなあ」

「すっごいポジティヴだね、何なの手前」

 風天丸はハッとした表情で源内の手を握った。

「俺は風天丸。江戸には仇討ちにやって来たんだぜ」

「フウテン……根無し草みてえな名前してやがる」

「失礼なことを言いやがるな、仏法十二天の風天からとられてるんだぞ」

「ふうん、じゃあ兄弟には火天丸や水天丸もいるってワケか」

「拾われっ子だから兄弟はいねえ」

 と言いながら、風天丸はそこらに散らばった手裏剣を拾い始めた。しばらくして数を数えて「あり、三枚ばかし足りねえ」とあたりを見渡し、囚人が手渡してくれたり、物陰に刺さったりしたのをうろうろしながら集めて、ようやく落ち着いた。紅葉狩りみたいである。

「手前、変な忍だね」

「そうは言っても、これ支給品だから無くすと叱られるんだ。……あ、俺里抜けたんだった、もう叱られねえんだ!」

「そりゃ良かったじゃねえの」

「なあ源内先生、江戸ではどこでこういうの売ってるの? 五枚セットでいくら?」

「手前、本当に変な忍だね」

 この平賀源内も変わり者で、自分が「変な奴だ」と思えば思うほど、その人に興味が湧いて来るという男だった。そのため医者のように風天丸の眼を覗き込んだり、服を指先で突いてみたり。彼の表情は、探求心と好奇心をくすぐられた学者のソレだった。

 すると檻の向こうから何者かが源内を呼ぶ。涼し気な男の声である。見ると剣客・瀬田冬之介が檻にもたれてこちらを観ている。源内は「お」と囚人をかき分けて檻の前へ顔を出す。

「やあ、新入りとはもうすっかり仲良くなれたみたいですね」

「瀬田様じゃねえの。こいつ中々どうして面白ェよ」

「そうでしょうねえ、白州でもってあの大久保先生に『態度が悪い』って大声出させる囚人なんて初めて見ましたよ」

「その話ホントだったのか、益々興味が湧いた。……で、瀬田様は何の御用です? こんな昼間から田沼様の話ってワケでも無えでしょう」

「うん、用事があるのはその新入り君の方なんです。ここじゃなんですから、いつもの所に通してくれます?」

 と伝えると、瀬田冬之介はその場を去った。その後ろ姿を、源内は檻ごしに見つめていた。

「色白の肌、スゥッと通った鼻、宵の明星みたいな瞳、神馬の尾みたいな髪の毛、役者みたいな立ち姿……」

 日本のダヴィンチが生涯から妻を娶らなかったことは、後世にも有名である。

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