奇妙な人斬り その②
たらふく食べた風天丸が何度もお扇に頭を下げている。いつの間にやら俊助と観龍も喧嘩を止めて部屋に上がり込んでいた。
「かたじけない! 本当にかたじけない! 実を言うと三日の間ほとんど飲まず食わずだったもんで……お礼に何かさせとくれよ、宿まで借りちまったし」
「じゃあ教えて頂戴。あの箱、何が入ってるんですか?」
風天丸は思い出したように木箱に目をやって、困り果てた。
「そら言えねえんだけどよ……代わりにさ、この辺で妖怪の話を聞かねえか」
「何それ! 話逸らさないでよ」と言う前に観龍がお扇の口を塞ぎ、ずいっと前に出て商人さながらに手をこすり合わせている。
「へえへえ、教えろってんだから教えますよ。まあ今の世の中じゃどこの町でも夜になりゃ妖怪様が跋扈しとります。
「妙な人斬り?」と首をかしげる風天丸に、観龍は噺家のような口調で続けた。
十代将軍、家治様が御時。夜空の遥か彼方より、一筋の流星が弧を描いた。その時天から降り注ぐ、
しかる後、夜な夜な妖怪様が表れたという話が江戸の方々で聞こえるようになりました。そのうちここらで最も多くの女を泣かせているのが、その奇妙な人斬りでございまして。
なんでも夜道を歩いていると、何処からともなく冷たあい風が首元を一薙ぎ。ゾッとして振り向いたけれども、誰もいない。不気味なもんで足早に家に帰ってみると、家の物が「あっ!」と声を上げて自分のことを指差すので、何事かと鏡を見たらば、それまで長く伸びていた黒髪が肩のあたりでバッサリと斬られておった。
「……とまあ、そんな話でございます。奉行所も最初の内は瀬田様や内藤様が熱心に聞き込みをやっておられましたが、妖怪様の仕業ではないかと分かるや、プツンと捜査をやめてしまいまして」
「それで今も夜な夜な女が髪を斬られてるってワケか」
「ええ、おかげ様でうちの長屋の女どもも夜道はとても歩けぬと言っておりましてね、なんとも妖怪様には頭が上がりませんよ」
「どこに出るんだい、その人斬りは」
「そうですねえ、すこし歩いたところの柳通りが多いですな。幽霊や妖怪様は殊に柳がお好きなようでございますので」
それを聞くと風天丸は木箱を背負って、三人に何度も礼を言った後に駆けだした。後ろから見ると、あの大きな荷物を全く揺らさず風のように走り去っていく。
「……何なんだろうね、あの人」
観龍の言葉に、流石の俊助も「さあ」と答えるしかなかった。しかしお扇だけは違ったことを考えながら、彼が綺麗に食べつくしたお椀を見つめていた。
「あれ……ひょっとしてあの人、夕飯もうちで食べていくのかしら」
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