妖江戸パペット

備成幸

序章 妖しいお江戸

 時に皆さま、夜目は利きますでしょうか。ヨメと言いますのは、真っ暗闇でもそこに何がいるのか見える目のことでして、決して女房のことじゃございません。

 まだ電気工学の発展など、当然していない時代でございます。街灯や照明なんてものはありませんし、油が勿体ないから夜通し火をともすようなこともあまりなかったようです。ですから西陽が落ちて、月には刷毛はけで描いたような薄雲が被さっているとなると、城も家屋も深海に沈んだようになっております。

 そんなもんですから、今のうちに目を慣らしておくことをおススメいたします。コツは、細かい所を見ようとするのではなく風景全体を見わたすようにすることでございます。そうしますとほら、眼下の屋根瓦に男が二人立っているのが、だんだんと見えてきますでしょ。

 最初は大まかな体型しか判りません。片方は細身だがたくましく、所謂細マッチョ。もう片方は細身だが、本当に細身の所謂細マッチ。そうしますと徐々にその服装、顔立ちも見えてくる。

 暗闇に一筋とおった街道を見つめる素浪人風な細マッチと、その背後に立つ派手な直垂ひたたれ姿の細マッチョ。この二人は泥棒ってわけじゃありませんが、おまけに人間というわけでもありません。

「今日も誰ぞ斬るのか」

 そう問いかけられた素浪人風な男は、腰の刀を握る力を強めて顎をしゃくった。その視線の先には、夜道を歩く一人の女の姿がある。

「あすこの女をやろうかと。よいロングヘアをしております」

「ふむ、毛先のまとまりも良い。日々ケアを怠っておらぬようだな、お主の好きそうな女子よ」

 素浪人風な男は刀をスラリと抜いた。雲越しに差す淡い月明かりに、刀身が鈍色に光る。

「お主が人を斬ろうと大根を斬ろうと構わんが、無茶だけはするなよ。某があの方に——……もう行ったか」

 既に屋根瓦の上には、直垂姿の男しかいなかった。そして瞬きをしてみると、男の姿も消えていた。いらかの上で風も無いのに、枯葉がくるくる回っている。

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