お江戸にやって来たぞっ その②
蟻のように長屋を取り囲む連中は漆塗りの番傘を目深に被り、腰には二本差し、手には十手があった。それを見るや俊助は真っ青になって頭を抱えた。
「あーッ また奉行所の連中が来てらあ!」
その声を聴いて、黒い人だかりの中から一人がこちらを向いてやって来た。色白の肌にスゥっと通った鼻をして、朱色の鞘に入れた刀に手をかけて、切れ長の目で俊助を見下ろす姿は、役者のようである。
「よお俊助、遅かったじゃねえか。その辺の草でも食ってたか」
嫌味を込めた口調に、俊助は歯を食いしばった。江戸の警察機関、北町奉行所の連中である。
「古くなった物を捨てたり粗末に扱うと、付喪神が憐れだからって罰されるんだ」
「いい事じゃねえの、リサイクルの精神は大事だぜ」
男の言葉に、縄にかけられた髭面の男が「いいもんか」と声を荒げた。
「大工仕事中に、間違って釘を曲げちまっただけじゃねえか!」
「私は障子紙破っただけだよ」
「お茶碗落として割っちまったんだ」
「前言撤回、こりゃ無茶苦茶だわ」
と言いつつ、特に助けようとする姿勢は見せないのがこの男。そりゃこの場で「ちょっと待ちな!」とか言えばカッコいいだろうが、そんなのが許されるのは時代劇の主人公ぐらいである。
俊助は障子紙を破ったという女を指差した。役人たちの様子を見るに、捕縛するのに一番苦労したのが彼女らしい。何人か顔に引っかき傷ができている。
「お扇姉ちゃん!」
「え、じゃああの子がお前の面倒見てるっていう姉ちゃんか」
「そう。捕まっちまったってんなら、味噌汁は無理そうだな」
「助けようかな」と思った。しかしまだ理性の方が勝つ。というより、こんな場所で道草を食ってる暇はないのだ。自分はすぐにでも妖刀使いを探さなければならない。
「チェ、天狗星が落ちてから幕府が妖怪贔屓なもんだから、俺達が割を食うんだよな」
「おい俊助、聞こえてんぞ。そういうのは江戸幕府北町奉行所内与力・
内藤が「
「ちょっと待ちな!」
奉行所の役人たちの視線が、大きな木箱を背負った黒尽くめの男に集まる。男は不敵に笑っていた。もう完全に色々な欲望に負けていることを、おそらく自覚すらしていないであろう真っすぐな目である。
「今天狗星とか、妖怪贔屓とか言っただろ」
「それがどうした。というか誰だお前」
「俺の名前は
開始そうそう、主人公の風天丸は逮捕された。上機嫌で「何なら自分で結ぼうか?」と縄にかかるこの男を、俊助や内藤、そして役人や長屋の住人たちは奇怪な目で見つめていた。
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