奉行所は秘密が多い その②

「唐突だなあ」と目を丸くする風天丸に、若い与力は語り始めた。

 夜中に魑魅魍魎が表れるようになったのは、元を正せば半年前に「天狗星」という流星が飛来してからである。おそらくそれに乗って江戸に飛来した妖怪たちは幕府を牛耳り、今やすっかり妖怪の言いなりである。

 俊助が暮らす長屋の住人たちが捕縛された「付喪神令」も、元はと言えばそんな幕府が出した御触れらしい。

「おかげでうちの奉行所もてんてこまいですよ、妖怪の肩を持たなきゃいけないし、でも治安維持はやらなきゃいけないし、生きるってのは難しいなあ。しかも大久保先生は真面目な方だから、もう皿に油入れて火つけられた河童みたいにあたふたしながら日々の仕事をこなしてんです」

「だからって俺に退治しろって言われてもさ、陰陽師や坊主じゃねえし」

「鬼道や念仏は必要ありませんよ。今から三つ質問しますから、絶対正直に答えてくださいね」

 なんだか江戸に来てから質問ばかりされている気がする。江戸人ってのは相手に質問を投げかけて、それが何者かを理解せずにはいられない人間たちなのだろうか。とはいえ江戸に気てようやくつかんだ妖刀使いを知る男、風天丸もこれには恭順の姿勢を見せた。

「コホンでは一つ、どのくらい江戸で暮らしてます?」

一刻二時間ぐらいかなあ」

「二つ、妖怪はお嫌い?」

「どうでもいい。ただし妖刀使いは許せねえ、主人を殺されてんだ」

「では最後に、誰かに仕えてますか?」

「だから、その人は殺されたんだよ! 妖刀使いに!」

 途端に黙りこくる冬之介。俯いてなにやらブツブツ言っている。思わず懐の手裏剣に手が伸びる風天丸だったが、よく聞けば「ドゥルルルルルルルル……」という具合で、ドラムロールのつもりらしい。

「満点! パンパカパカパカパーン! すごいなあ! こんな丁度いい人材いませんよ、大久保先生も内藤さんも大喜びです!」

「え、凄い? もしかして俺ってそんな逸材?」

 こうまで派手に喜ばれると、なんとなく気分も良い。思わず顔のほころぶ風天丸の両の手をしっかり握って、冬之介は続ける。

「こんなに江戸に染まってなくて、宗教上めんどくさくなくて、扱いやすい流れ者は初めて見ました! ありがとう梵天丸君!」

「うん? まあいっか! あと風天丸な」

 しかしここで「待てよ」と彼は冬之介の顔を疑り深く覗き見た。

「でもよ、今の幕府は妖怪と昵懇なんだろ? 奉行所が俺に妖怪退治を頼むと都合が悪いんじゃねえの」

「そうですねえ、知られれば私たちまとめて切腹です。いいや、打ち首かなあ」

「ダメじゃん」

「でも私たちの心配は無用です。だからこうして何も関係ない都合の良い君を使うんですよ、見つかったら私たち全員知らんぷりしますので、全部君だけの責任です」

「アンタ正直でお喋りだね」

 その時ゴトンと音がして、天井から源内が落ちて来た。彼は冬之介の表情から粗方理解したらしく、欣然とした表情で何度もうなずいた。

「いいのかい瀬田様、ヘタすりゃ江戸どころか日本の命運がこの根無し草ふうてんに託されちまうんですよ」

「大丈夫ですよ、ちゃあんと取引することにしましたから。ねえ風天丸君」

 源内の尻の下で風天丸は苦悶の表情を浮かべた。いや、これは「取引とか初耳なんですけど」というものではなく、「重い、えなに急に重い」というものである。

「驚きのあまり声が出んらしい」

「なんてことでしょう、流石に悪いことしたかなあ。あ、無理ならいつでも言ってね、辞めていいから。でも色々知っちゃまずいことも知っちゃった後だと思うし、その時は斬るからね」

 こんなことならお白州であんな生意気言うんじゃなかった、というかワザと捕まらなきゃよかった、というか俊助とかいう子供に声かけなきゃよかった、というか江戸に来るんじゃなかった。

 気絶寸前の意識の中で、冬之介と源内が顔を突っついたり脈を取ったりしている感触だけが伝わってくる。

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