Kill the Hair その②

「兄貴、何たってこんなとこにいるんだよ」

「それはこちらの台詞、まさかお前と江戸で出会うとは。……里の者たちで拙者を殺しに来たか」

「里なら俺も抜けた」

 ほう、とツゲ之進が自嘲ぎみに笑う。互いに忍の道しかないとその技を磨いた末が、百鬼渦巻く江戸での邂逅、これを因縁と呼ばずしてどうする。

「拙者とお前は似ておる。己が道を自ら断ち、互いに大きな目的のためにこうして向かい合って居る。そしてそれを果たすために、妖魔の力を借りたところもな」

 切っ先が風天丸の喉元に突きつけられる。その刀は儚い月光を浴びて、赤紫の光を放っている。それを握るツゲ之進の腕は、根が張ったように血管が浮き出ていた。普通の刀でないことは誰の目にも明らかだ。

「お前も世界の均衡に触れるこの力が欲しいのだろう。昔のよしみだ拙者からあのお方に口を聞いてやろう。この世をひっくり返そうではないか、身分に縛られながら日陰者として死にゆくのは辛かろう」

「うん? よくわからんけどよ、俺は別に妖怪の味方してるわけじゃないぜ、この人形は妖怪退治の道具だ」

「毒を以て毒を制すか。ならば話は早い、お前とその人形の髪もザックリいただこう。どのみち昔の拙者を知っておる輩をタダで帰すわけにはいかん」

「なんたってそんな髪に執着してんだよ、そんな妙ちくりんな刀まで持って」

「無論、髪が人間の象徴であるからだ。髪とは歴史、髪とは文化、その髪を拙者が切ることは、拙者が人間の歴史と文化を切断したことに他ならない。御上の髪も女将の髪も上方の髪型も全て拙者が切る。そして髪の神として上に君臨することが、紙屑のように死んでいった仲間たちへの何よりの供養になるのだゴホッゴホッ」

 完全に狂っているようであった。風天丸は昔、彼に「俺達は何なんだろう」と問われたことを思い出していた。無理な年貢の取り立てに憤ることも無く泥に額をこすりつける百姓、それを見下ろしふんぞり返る武士。日陰者しのびの自分が一体何なのか、彼らにはわからなかった。

 ツゲ之進が里を抜けたのは、それからすぐのことだった。ついに勃発した一揆の鎮圧に向かった彼の仲間は、日ごろ虐げてきた者たちの粗悪な武器で死んだ。暮れには幕府の援軍が到着し、わずか一日のうちに鎮圧された。

「拙者はいずれ大妖怪となる。そして日の本の人間に平等に恐怖を与え、絶対悪として君臨する。そうすることで晴れてこの穢れた世に終止符が打たれるのだゴッホゴッホ、オエッ……」

 後ずさりした風天丸の足に、妖鬼妃の箱がぶつかった。

「何をして居る、妾を使え」

「使えって、こりゃ妖怪退治じゃねえよ」

「木偶の坊。あれだけ妖刀に寄生されれば最早人間ではない」

「そうは言ってもよ、兄貴は兄貴だ」

「ならば仇討ちを諦めるか?」

 風天丸の動きが止まった。視線がツゲ之進に向けられる。妖刀を下段に構え、体をひねって刀身を後方へ構えながら、こちらの様子をうかがっている。

「……どうすりゃいいんだよ」

「簡単なことじゃ、妾の首にある紐を引け。変なとこ触るでないぞ」

 見れば白い首筋から赤い糸が垂れてある。源内の掛軸のカラクリと似ているようだが、まさか顔が赤くなるだけではないだろう。

 ツゲ之進が地を蹴る。無音のまま、風を切裂く。風天丸は「どうとでもなれ」と思いきり妖鬼妃の紐を引いた。すると彼女の両腕が高速で回転を始め、振袖がそれにつられて渦を作り出す。

「喰らえ我が奥義・禍刀変襲カットへんしゅう!」

「お主、その程度で大妖怪を気取っておるのか?」

 妖鬼妃の目が強く光ったと思ったときには、ツゲ之進は光の粒子に呑まれながら空へ吹き飛んでいた。、暗がりの江戸から夜空めがけて赤い閃光ビームが放たれたのである。

 説明しよう、平賀源内の作った対妖怪型決戦雛人形・妖鬼妃に内蔵されているのは天狗星と同じ物質であり、妖怪としての力を使うための動力源である。腕を回転させることによって彼女の核にエネルギーを送り、それを目玉の鏡で増幅、瞳のレンズで照射したのである!

ツゲ之進は「妖怪としてのスケールで負けた」と薄れゆく意識の中で考えていた。固く握りしめていたはずの妖刀と、それに力を与え続けていた腕は天空へ吹っ飛ばされ、塵になって消えた。

 月に突き刺さる勢いで赤い光線は、薄雲を照らして霧散した。

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