第18話
横道たちが地下鉄の迷宮を辿った結果、最終の駅に到着していた。
その地上に出ると、坂道に建設された高級住宅街が見え、奥にはうっそうとした山林が覗いていた。
住宅街の家々はどれもしっかりとした造りで今も残っており、かつての隆盛(りゅうせい)を思い出させるようであった。
そんな光景を横目に部隊の隊列が維持されたまま坂道を上って行き、山の中に入って1時間、一同は特に襲撃を受けるでもなく此岸(しがん)川ダムに到達したのだった。
「テロリスト共も間抜けだな。道中襲えばいいものを、こうも安々と辿りつかせてもらえるとはな」
石川は目的地に着くと、そう勝利を確信したように言い切った。
しかし、春子の意見は違った。
「単にこちらの力量を甘く見積もらなかっただけだよ。どちらにしろ高齢女性を生きたまま手に入るとは思っていないさ。必要なのは、どう確実に大型コウレイを生かしておけるかさ。
そのためにはアタシたちの全滅は必要事項なのさ。そして全滅させるのに最も手頃な機会は、待っていればすぐにやってくる」
つまりその瞬間は、横道たちがダムの電力を使って大型コウレイを殺し切ろうとする時だ。
もしかしたら松本たちテロリストは、どこかで横道たちを監視してその機会を待っているのかもしれない。
「と言うことは、大型コウレイの対処をする間にテロリストの相手もしなくちゃならないのか?」
「そうさ、横道。しかもダムの電力を維持するには部隊を2つに分ける必要がある。となると、囲まれるのはアタシたちか石川の子飼いの警備兵のどちらかだけというわけさ」
そうなれば、最も戦力がない時に襲撃を受けるワケだ。本来なら、そんな事態は避けるべきだ。
「それで、対処方法はあるのか?」
「そんなものはないよ」
「!? じゃあ、どうするんだよ!?」
横道の問いに、春子は困ったように頭を掻いた。
「そこは頑張るしかないね。元々無理をどうにかする作戦なのさ。今更贅沢を言うんじゃないよ」
「でも作戦くらいはあるんだろ?」
「作戦ね。作戦といえるほど複雑じゃないよ。ただ受け身にならずに、こちらからリーダーの松本を討つのさ」
「人数が少ないのに、逆にこちらから構成をかけるのか? 勝算は?」
「勝算は低いよ。だけど今までの戦いから相手はほとんどヘプタボット。おそらく人間は松本と、ガン子だけさ。そして機械である以上、反逆されないための操作権を持っているはず。つまり敵の大勢(たいせい)を止める方法があるはずなのさ」
春子は単なる勝ち筋だけではなく、松本との決着を望んでいるのは、横道にも察せられた。
それでも春子の言い分はもっともだ。数が少ないからといって機動力や勢いまで失うのはじり貧だ。
光明が見えるとすれば、敵の首領を倒す。それくらいなのだ。
「戦いは過酷になるよ。もしもの時は横道のノーヘッドに助けを借りることになるさ。頼むよ」
「……ああ。もちろんだ」
横道と春子は相談し終えると、それぞれの準備に入り始めた。
「元気がなさそうじゃないか。大丈夫か?」
大型コウレイのための対コウレイ用施設が建築させる空き地で、戦闘要員の横道たちは監視という暇が与えられた。
そんな中、横道は山から見下ろす住宅街の景色を見つつ、黄昏(たそがれ)ていた。
「大丈夫、というと嘘になるな。ジョーこそ準備はいいのか?」
普段通りでない横道を心配してか、ジョーが話しかけてきたのだった。
「ああ、仕掛けられるものは全て準備した。アオザとの打ち合わせも十分したしな」
「そうか。俺の方は……、心の準備さえできてやしないよ。正直不安なんだ」
横道が自分の心情を吐露する。それは信頼できる春子に心配をかけたくない、という心の作用だったのかもしれない。
会ったばかりの相手の方が、話しやすい話もある。それが今の横道の気持ちだった。
「ノーヘッドはまだ制御不可能だ。そもそもどうすればアイツを従わせられるのか分からない。気まぐれなんだ。たまに言うことを聞く時も、そうでない時もある。俺には違いが分からない……」
横道はどうすればいいのか、とジョーに問う。
ジョーの方も何かアドバイスをしてやりたいが、それは無理だった。ジョーに守護コウレイはなく、操った経験はないのだ。
「守護コウレイについては俺にも分からない。だが、俺の経験で話す」
ジョーはそう言って、横道の傍に座った。
「俺は昔、馬に乗ったことがあるんだ」
「馬に?」
「そうだ。乗馬経験って奴だ。内乱がはじまる前の、子供の頃だけどな。小さい時に父親に連れて行ってもらったのさ」
ジョーは語る。あまり多くを話さない自分の父親について。無口だが心優しい一面がある父親について。そしてその父親の教えについてである。
「俺の父は無駄なことを口にしない。言葉を発する時は、何時も重要な時だ。俺が小さな仔馬に乗るレクチャーを受けても、中々またがることさえできない時に、父は言ったんだ」
ジョーの父親はその時、「馬の気持ちを考えるんだ」と言ったそうだ。
小さいジョーに父親の言葉をすぐに理解できる器量はなかった。けれども父親の真剣な顔と、簡潔な一文は大きくなってからも心に残り、長い年月をかけて何を言いたかったのかを知ったのだ。
「あの時父親は、自分の気持ちだけを押し付けても馬は期待に応えてくれないと伝えたかったのさ。俺に必要だったのは、馬の心情を知り、馬の気性を知り、それを受け止める心構えだったのさ。馬が自分の気持ちに応えてくれるのは、いつだってこっちが馬を理解した時だって。父親は言ったんだ」
横道はジョーの言葉1つ1つに滲(にじ)み出る父親への尊敬の念を感じた。
横道にはかなり小さい時に父を亡くし、父親像というのが薄い。でもジョーとアオザを見ていると、父親とは何かの一端を知った気がした。
ジョーが横道の父親の代わり、とは言いすぎだ。けれども薄ぼんやりとした父親の鑑(かがみ)を、ジョーを通して見たのだ。
「相手を理解するか……」
ジョーに言われてみると、横道はノーヘッドについてあまり知らない。そもそも知る必要を感じていなかった。
ノーヘッドはいつも自分の呼びかけに応じてくれる。でも現れた姿はいつだって野蛮の一言だ。敵、味方を問わずノーヘッドは暴れまわり、自分が疲れ果てると去ってしまう。まるで話ができる嵐みたいな存在だった。
「ノーヘッドについては俺も多くは知らない。ただ、ノーヘッドは元々俺の祖父のコウレイだったらしいんだ。何の作用か知らないけど、そいつが俺の守護コウレイとして憑(つ)いて、俺の前に現れてくれる。自分勝手な奴だな。くらいの感情はないよ」
「それは祖父もそうだったのか?」
「祖父?」
横道はジョーに言われて、祖父について思い出す。
意外にも父親よりも祖父に対する記憶が多い事実に驚く。それは父がいつも外に働きに出るのに対して、定年退職した祖父の方が実際に会う時間が多いからだと気づいた。
「祖父は、俺に対しては優しい人だった。色んなものをくれたし、身近な未知についても教えてくれた。けど、他の人には怒りっぽい人だったよ」
祖父はよく孫をかわいがる人だった。ただ自分の母についてはそうでなかったのを、知っている。
母に対しては些細な失敗で業火のように怒り、他の知り合いにも気に食わなければ暴力さえ奮(ふる)う。だからよく孤立をして、寂しい人間だった。
横道にだけ優しいのも、それの裏返しだった。孫の横道だけは自分の大切な仲間、そう思っていたのかもしれない。
そう考えると、ノーヘッドは祖父とよく似ていた。どれだけ暴れても横道を傷つける時はなく、自分がピンチな時はどんな強敵でも相手を許さなかった。
「重ねて言うが俺は守護コウレイについてよく知らない。けれども守護コウレイがかつては誰かのコウレイであったように、そいつは魂みたいなものじゃないのか、と考えている。だからコウレイとその基(もと)になった人物もよく似ていると思っている」
そうかもしれない。コウレイはその人物の魂だ。つまり、その人の鏡なのだ。
「……そうかもしれない。祖父は、守護コウレイは誰を傷つければ良いのか分かってなかったのかも。ただ俺のために拳を振るい、その結果誰も彼もを傷つけただけなのかも」
横道がこれまでの出来事を思い出しても、ノーヘッドは相手を認識して動くというよりも、近くの相手に挑みかかっているだけに思えた。
それは横道以外の人物への接し方を知らない、祖父のような存在だったのかもしれないのだ。
「なら俺がやることは――」
横道はジョーの助言により、自信と確信を取り戻したのであった。
「ありがとう、ジョー。これならもしかしたら、ノーヘッドと上手く接することができるかもしれない。次は俺がノーヘッドを正しく導く。その時はジョーも、アオザも、そして春子ばあちゃんも救える。きっとそのはずだ」
「……そうか。何に気付いたかは知らないが、アオザ諸共(もろとも)、その時は世話になるぞ」
横道にもう守護コウレイの悩みはない。戦う理由もあり、守る人もいる。これならいざという時に立ち止まる愚行はないだろう。
その後、横道たちは残りの装備を確認したり、対コウレイ用の設備建設を手伝ったり、できうる対策は全て行った。
そして作業は順調に進み、昼過ぎ頃には準備が整ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます