第16話
都市にぽっかりと穴が開いたような巨大な交差点の曲がり角に、地を穿(うが)つ地下鉄迷宮の入り口があった。
その出入り口の付近に集合しているのは、横道たちと中央部隊の生き残りだった。
「残ったのはこれだけなのか?」
横道が見たままの情報を尋ねると、石川は憎々し気に頷(うなず)いた。
「残念ながらな。ここに残った数名が中央部隊の生き残りだ」
生き残り、と言ってもそのほとんどが運搬や作業を行う非武装員だ。警備兵に至っては片手で容易く数えられる人数しかない。
その中には何とあの髭面の警備兵も残っていて、意外に悪運が強いな。と、横道は思った。
「俺たちみたいな外注の部隊は?」
「高速道路に入る前に分断された。しかもその場所で奇襲を受けたらしい。ほとんどはやられたか、立て直しが必要なほど痛手を受けて戦線を離脱したと無線が入っている。援軍は難しいな」
石川が暗い顔をしている通り、このままでは遠征を中止するか、この場所にいる20人以下の人員でレッドゾーンを渡らなければならない。
そもそも此岸(しがん)川町に持っていく荷物は、もうたった1台の大型トレーラーだけになってしまい。ほぼ意味をなさない。
「もう遠征の大義はなくなった。諦めるのが妥当じゃないのか?」
横道がこれ以上の進行は無意味だと告げると、石川は頑(かたく)なに否定した。
「いや、真の目的は――遠征の目的はまだ達成可能だ」
「目的? だから支援物資を届けるにも、もう大して物資ないんじゃ……」
横道がそう指摘しようとすると、春子が会話を途中で遮(さえぎ)った。
「違うね。石川が言いたいのは、コイツの正体と隠された目的の方さ」
春子は大型トレーラーをノックして、疑念を指し示した。
「気づいていたのか?」
「途中からね。内戦の時にも同じような任務をしたのを思い出したのさ。その時は仕掛けられた方だったけどね」
「なら隠す必要もないな。この荷物が何かを明かそう」
石川はそう言うと、部下に命じて大型トラックから荷物を降ろす。
それは大型トレーラーの中から出てきた、小型の軽トラックに脚が6つ生えたような乗り物に乗っていた。
載(の)せられた荷物はまるで培養液を湛(たた)えた試験管のような機械の集合体だった。それはチューブが入り組み、謎の電子版がくっつけられ、数々のメーターが逆に見る者を混乱させるような造りをしていた。
試験管はちょうど人間大の造りで、その中身を想像させるには十分な形だった。
「荷物は人間?」
「正確には年齢150歳超の生死をさまよう高齢女性だ」
「150!?」
横道たちは運んでいた荷物が人間なのにも驚くが、それ以上に驚かされたのは女性の年齢だ。
コウレイ化現象が始まる前のギネス記録でも、最高は120~130歳台までで150歳などその1周りも長いではないか。
「知っていると思うが、コウレイは死亡した人間の年齢が高いほど凶暴で巨大だ。これまでの記録では100歳以上のコウレイの出現は街が1つ潰れる規模のコウレイが発生すると記述されている。実際見たことはないがな」
「でもいったいどうして150歳まで……。そこまで長いと自治政府も何かの干渉をしたんじゃないのか?」
「したのはつい最近見つかってからだ。それまではホスピタルを経営していたこの女性の息子が、存在自体を隠蔽していた。肉親だからだろう。殺されると分かっていて自治政府に通報できなかったんだな」
石川は「まったく迷惑な話だ」と、愚痴をこぼしていた。
「じゃあ、遠征と称してこの女性を運搬していたのは?」
「テロリストに対する欺瞞(ぎまん)工作だよ。ただテロリスト側には見破られていたようだがな。おそらく、この女性のコウレイを利用するために襲撃をしてきたんだろう」
石川が説明するのを聞き、春子は口をへの字に曲げて不機嫌そうに呟いた。
「自治政府を潰すための戦力ってワケだね。しかしこんな代物を街に放てば、自治政府どころか街が何個もつぶれる。それを松本は分かっているのかね……」
「どうだかな。もしかしたら誰も居なくなった街で一から始めるんじゃないのか。テロリストの思想とは、とても分からないな」
石川はそんなことを自嘲気味に話すのだった。
「そういうワケだ。貴様らにはまだまだこの遠征に付き従ってもらう」
「それには反論しないけどよ。この遠征はどこで終わるんだ?」
「遠征の終着地点は此岸(しがん)川ダムだ」
石川が言うには、この女性から生み出される巨大なコウレイを退治するには莫大な電力が必要らしい。
それが可能な大規模な発電施設、かつ人気のない場所としてレッドゾーンにある此岸川ダムが選ばれたそうだ。
「最終的にはそこで対コウレイ用設備を建設し、大型コウレイを閉じ込めて退治する。それがこの遠征の真の目的だ」
「なるほどねえ。テロリストの妨害さえなければ、すんなりいった作戦かもしれないね」
春子は納得したように、首を縦に振った。
「アタシも横道も作戦の継続には賛成だよ。このまま放置すれば此岸川町も、彼岸川町も危ない。それにテロリストのやり方は許せないよ。協力させてもらうからね」
春子は石川にそう告げ、ジョーとアオザの方に目を配った。
「俺たちは……」
「私達も、その作戦に賛成です」
「――アオザ!」
ジョーとアオザには作戦に付き従う理由は給料のためだけだ。それにも関わらず、アオザは作戦の参加を表明したのだった。
「彼岸川町には私のお母さんの生まれた場所、そして埋葬された墓所があるです。それが汚(けが)されるのは許せないです! だから私も――」
「アオザ! お父さんはまだ参加するのを許していないぞ!」
「――何です!? こんな時だけ父親面するなんて、ずうずうしいですよ! 第一、お父さんは頼んでもいないのにいつも私の邪魔をして、迷惑なんです」
「っ! 邪魔をしているワケではない。俺はお前のことが心配で……」
「だったら黙って見守ってほしいです。昔のお父さんなら得意だったじゃないですか! あの時から、お父さんは心配しすぎなんてす」
横道は思う。ジョーは自分の妻を自分で殺して、失って、これ以上大切なものを無くすのが怖くなっているのだ。
自分の娘だからと言って思春期盛りの少女に付きまとい、過保護になり、自分の目が届く場所で常に見張る。
アオザは母親を失った悲しみよりも、そんな窮屈な今が嫌なのかもしれない。
「お父さんも立ち直るのです! 私は……大丈夫です。忘れられないけど、理解はしているです。だから、お父さんも向き合うべきなんです」
「アオザ……」
ジョーが、心情的に自立しているアオザに何を想っているのかは分からない。でも確かなのは、今変わるべきなのはジョー自身だということだ。
「……わかった。だが俺も参加する。けれどそれはアオザが心配だからじゃない。俺もアオザと同じ気持ちだ。一緒に歩ませてくれ」
「お父さん……。ありがとうです」
そうしてジョーとアオザが仲直りしたのを、春子は目を潤(うる)ませながら見ていた。
「何だい。泣かせるじゃないか」
「年を取ると涙もろくなるってか。アールビーなら、『枯れ木にも潤(うるお)いがあるのですね』とか言いそうだな」
「うるさいねえ! 乙女は涙もろいんだよ!」
横道と春子のそんな冗談のやり取りを、ジョーとアオザは笑って見ている。
これならこの先何があっても、長井親子は大丈夫だろう。
たとえそれが、死によって分かたれる日が来たとしても、きっと。
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