第17話

 そこは電気の通わない地下迷宮だった。


 電灯の代わりに幾つも並べられたランタンが路(みち)を照らし、駅のホームにはお手製のハウスが建てられている。


 地下の難民キャンプ、レッドゾーンの地下鉄はそんな例えがふさわしい場所であった。


 横道たちは荒川の手引きにより招かれ、今は中央部隊の残存兵と合流している。


 これからの目的は既に更新されおり、横道たちは此岸(しがん)川ダムで大型のコウレイを排除しなければならなくなっていた。


 そんなこんなで今はホームを下りて線路の上に立ち、西向きのトンネルを抜けている最中だった。


「私が案内できるのはここまでだ」


 さっきまで先頭にいた荒川がそう言った。


 そこにはスクラップを集めて建てた門があり、現在は荒川の手によって開けられていた。


「この先は?」


「ここから向こう側は私達も探索していない。ただ過去の案内板によれば、終点はダム近くの住宅街になっている。このまま進めば突き当りの駅に着くはずだ」


 荒川が説明したのを、石川は咎(とが)めるように口走った。


「無責任な! そちらが安全なルートを確保していると聞いてこちらは来たんだぞ! せめて偵察して来るか何かをしたらどうだ!」


 語気の強めな石川は大層腹を立てた様子だ。


 そんな石川を、春子は諫(いさ)めるように注意した。


「他に選択肢があるわけでもないじゃないか。それにこちらの渡し賃は彼らに無理を強いるほどじゃないよ。場をわきまえるんだね」


「だがどうしろというんだ。こちらは無勢だ。もしテロリストに襲われたら……」


「今のところ感づかれた様子はないじゃないか。それに迷ってる時間だけ見つかるリスクが増えて来るよ。さっさと進もうかい」


 春子はまるで自分がリーダーかのように、中央部隊の生き残りに行軍の攻勢を指示した。


 これからはリスクを考え、縦隊隊列を維持して進むようだ。


 最前線は横道、春子、ジョー、アオザ、そしてアールビー。その中でもアールビーが本当の1番前だ。


 次に2台あるうちの対コウレイ用機材を運ぶ多脚の軽トラが前、生命維持装置が繋がれた高齢の女性が乗る多脚軽トラは後ろだ。


 それから最後尾には央部隊の残存兵と作業員が残されている。これで横道たちと連携して、前後を守るというワケだ。


「出発するよ!」


 石川はまだ何か言いたそうにしていたけれども、春子が歩き出したので仕方なく付き従った。


 さすがにこのままだと置いて行かれると感じたのだろうか。ともかく、そこで荒川とは別れて横道たちは進み始めたのだ。


「荒川さん、俺たちが帰って来る時まで生きているかな……」


「その前にアタシたちが生きて帰れるかを心配すべきだよ。未来よりも、今をね」


 地下鉄の線路は、とっくの昔に非常灯が切れてしまい。多脚の軽トラックの照明と手持ちの懐中電灯だけで足元を確認するしかなかった。


 途中でネズミの鳴き声や虫の這いずる音でおっかなびっくりしながらも、特に何もなく30分が経過していた。


「どのくらい歩いたかな」


「地図によれば5番目の改札が最終駅だそうだよ。今通った液が3つ目だから後2つだね」


 無人のホームはどこも、不気味な無音の空間で怪しかった。ただ静寂にも関わらず、明かりさえあれば今も機能してるとさえ思えて、誰かいないかと探したほどだ。


 だけど誰もいない。ここはもう無人の地下なのだ。


 横道はそんな薄気味悪さに身体を震えさせつつも、黙々と前へ進むのだった。


「ちょっと待ちな」


 横道よりも先に進んでいた春子が、後ろに停止を求めた。


 何事かと思えば、後方の光で照らされた春子の顔は嫌そうなしかめっ面をしていたのだ。


「どうしたんだ? 春子ばあちゃん」


「どうやらここはよくないものを産んだようだね。来るよ」


 春子ばあちゃんが言う通り、前方のアールビーも何かに気付いて銃を構える。


 そして光が消え入りそうな線路の奥先に、何かが見えた。


 蠢(うごめ)きながら近づいてくるそれは、初めは何らかの群団かと思えた。


 だが光の下に身を晒すと、その考えは打ち砕かれる。闇の中で動いていたのは複数ではなく、たった1つの集合体だったのだ。


「コウレイゾンビのなれはての肉塊、イチジクだよ」


 イチジクと呼ばれた肉の塊は、融けた人間をを再結合したような塊だった。


 表皮には目や口や耳が凝固し、無作為に組み合わされた手足が身体を支えている。一見すれば顔のパーツがまるで果物の断面にある種ように思えるため、そう名付けられていた。


 横道の知識では、長年魂を追い求めた結果、コウレイゾンビ同士で魂の代わりに身体を結合しあい、あのような醜悪な姿になったのだという仮説を知っていた。


「この通路はダメだよ! さっきのホームに戻って別の道を行きな!」


 春子が後ろに後退を命じると、その行動はすぐに移された。


 前にいる横道たちは、粘りつくように接近してくるイチジクに対して抗戦を開始した。


 まずは銃の掃射だ。


 柔らかい肉体は銃弾により簡単に貫通する。けれどもダメージがあるようには見えない。身体が大きすぎて十分な威力が発揮できていないのだ。


「手足を狙いな! そうすればイチジクの動きが鈍る。時間稼ぎをするんだよ!」


 春子の叱咤(しった)に応え、横道たちは細かい部位を狙う。


 そうすれば、身体を引きずっていた手足が少し減り、イチジクの動きはやや緩慢(かんまん)になったのだ。


「後退の具合は?」


「多脚トラックがちょっと苦戦しているよ。もうちょっと時間稼ぎが必要だね」


 春子は横道の問いに答えた後、何やら大きなものを持ちだした。


「こいつを使うよ。アールビー、ちょっと来な」


 春子はアールビーを呼びつけると、それに備え付けられた長いケーブルをアールビーのバッテリーに装着する。


「これは……レールガン?」


「試作に小型化されたレール砲だよ。対コウレイ用に念のため貸し出されたらしいさね。遠慮なく使うよ」


 おそらく石川に一言も借りるとは言っていないその代物を、春子は立てた三脚の上に置いた。


 そしてがっちりとレールガンを固定すると、照準を目の前のイチジクに合わせた。


「電圧安定、電流系正常。皆、後ろに行きな」


 春子の呼びかけに反応し、ジョーとアオザも後ろに下がった。


「そいじゃ、ぽちっとな!」


 春子が電磁的な影響で震えるレールガンの、トリガーとなるスイッチを押す。


 すると、4つに分かれたレールのような銃口から青い光が放たれたかと思うと、イチジクの肉体の一部が爆ぜたのであった。


 イチジクの身体に対して威力こそは弱いが、銃で攻撃するよりも強い。これなら敵の制圧には十分すぎる。


 とは言っても、レールガンは連射が利かない。1発ずつの装填が必要だし、何よりもエネルギー源が足りない。


 アールビーのバッテリーは太陽光発電ができるものの、今は地下だ。容量自体も多いとはいえず、撃てるのもせいぜい5発だけだった。


 結局、春子がイチジクに5発の重いレールガンの弾丸を食わせた後、持ち運びの難しいそれは置いて行く運命となった。


「時間は稼いだよ! さあ、逃げるさね」


 春子の合図と共に、横道たちは一斉にホームを登り、別の線路に逃げ込む。しかし、その殿(しんがり)となる春子は中々ついてこない。


「春子ばあちゃん! 手間取ってると逃げ遅れるぞ」


 横道が心配して戻ってみると、春子はイチジクのいる線路に仕掛けを施していた。


 その仕掛けは単なるブービートラップだけではなく、大きな物を置いている最中だったのだ。


「荒川さんからの餞別(せんべつ)はグレネードだけじゃなくてね。こいつで線路を塞ぐよ」


 春子が準備していたそれは大量の爆薬だ。それは荒川が託してくれた品物の1つのようだ。


「いいのか? 老人グループの人たちも利用しているんだろ」


「だからなおさらだよ。こんなの老人グループの居場所に辿り着いたら大惨事さ。ここであれを食い止めるしかないよ」


 春子の言い分ももっともだ。だからこそ、横道は春子の作業を手伝い。離脱する手伝いをした。


 それが必要な手助けだったかはともかく。春子の作業は完了し、近づいてくるイチジクはトラップを気にした様子もなかった。


「さて、今度こそ本当に逃げるよ」


 横道と春子は線路を移動し、ホームから逃げる。しばらくすると、トンネルを奮わせるほどの爆音と衝撃が横道たちを襲った。


 それがイチジクのいるトンネルの崩落だと、目に見るよりも明らかであるのを、横道は知っていた。


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