第11話
「状況はどうなっている!?」
横道たちは内通者の自白に成功したものの、中央部隊はテロリストの攻撃にさらされていた。
「トラックに潜り込んで不意打ちされたようだ。検問は何をしていた!」
自治政府の役人である石田は、文句を垂れながら子飼いの警備兵に指示を飛ばす。指揮は意外にも的確で、現場慣れした様子だった。
「内通者が敵味方識別信号のデータを渡したそうだ。検問はスルーだろうな」
「なるほどな。次からは荷物を改めるように言っておかないとな。だが今は――」
石田が改善点を指摘する間に、近くで爆発の噴煙が上がる。どうやらテロリストはもうすぐそばまで来ているようだ。
「どうやらアタシたちの出番のようだね」
頼もしい言葉と共にテントから出てきたのは、軟禁されていた春子だった。
「石田さん。今の状況を教えなさいな」
「敵は黒いヘプタボットだ。人間の姿は今はない。西のゲートから入ってきたトラックの荷物に紛れ込んでいたようだ。目的はおそらく、荷物だろう」
「荷物ねえ。ただの支援物資じゃないと思ったけど、奇襲するほどのもののようだね」
石田の内心を推し量(はか)った春子は意味深に目配せをした。
「中身については別にいいさ。アタシたちはこのまま西に進みつつテロリストを迎え撃つよ。横道! 武器を」
横道は近くに停めてあったSUVに急ぐと、中から武器を取り出した。
春子は横道から武器を受け取ると、同じく武装したジョーたちにも命令した。
「アールビーは修理を受けな。アタシたちはツーマンセルに別れるよ! お互いに援護しあってテロリストをゲートまで追い詰めるよ!」
横道たちは春子の指示の元、動き出す。まずはテントやトラックの間を抜けて銃撃戦の真っただ中に突入した。
その最前線には既にバードセキュリティの警備兵が交戦を開始していた。
「特別介護士だよ。戦況はよくないようだね」
「援軍か! 助かる。こっちはヘプタボット共に押されっぱなしだ。何より奴らは恐怖心がない。それに多少の銃弾は弾きやがる!」
「だろうね。だったらここは横道の出番だね」
横道は春子の言葉に頷(うなづ)くと、春子を踏み台にしてトラックの上に駆けあがった。
横道はそうしてトラックの荷台の上に上がると、慎重に体育座りのような形で狙撃銃を抱きかかえた。
「スーッ――」
横道は軽く息を吹きかけながら、狙いを定める。その照準の先には半身を出している黒いヘプタボットの姿があった。
「スーッ、スーッ」
横道は呼吸をしたまま引き金を引いた。
――ガウンッ。という狙撃音と共に、狙いのヘプタボットの上半身は千切れる。その代わりに別の黒いヘプタボットが援護に入った。
「スーッ」
横道はこれも撃破。一瞬だけだが、敵の銃撃が止んだ。
「観測者(スポッター)は要らないようだね。これだけの距離と無風なら直接照準だけで十分だろうさ」
いつの間にか横道の隣で双眼鏡を構える春子が、言葉を返さない横道に話しかけた。
横道はもう別の標的を探していた。狙うのは約80メートル離れた黒いヘプタボットの集団だ。
「スーッ」
横道が狙撃すると、固まっていた集団の2機をまとめて銃弾が貫通した。
「ビンゴッ! 近いとはいえ、良い腕だね」
春子は横道を褒める。横道は言葉を発しないものの、口角が僅かに上がっていた。
だが敵もやられっぱなしではない。横道が上っているトラックのすぐ傍で、急に爆炎が上がったのだ。
「10時方向の観客席だよ。敵迫撃兵、砲数は2。距離は110メートル」
春子の言う通りに横道がスコープを動かすと、いた。
観客席の最奥、そこで6機の黒いヘプタボットがせっせと弾を筒状のものに運んでいた。
横道は身長に照準を定める。ただ狙うのは黒いヘプタボットではなく、その手に抱かれているものだ。
横道はそのまま発砲。狙いは正確、黒いヘプタボットの腕に銃弾が吸い込まれていく。
そして次の瞬間、黒いヘプタボットの胸の中で迫撃砲の砲弾が炸裂した。狙ったのは砲弾だったのだ。
「ホーッ。やるじゃないか!」
春子が子供みたいにはしゃぐのを、横道は少しだけ横目で見ていた。だがその視線はすぐに照準に戻った。
横道がスコープを覗(のぞ)いていると、ジョーとアオザの姿を見つけた。
横道はレンズの中でアオザの横顔を捕らえ、ちょっとだけ見入った後、僅かにずらした。
今度の狙撃はアオザの後ろ、反対側から隠れて射撃をしようとしていた黒いヘプタボットを撃ち抜く。
アオザもその敵を認識したらしく、横道の方向に向かってグッと親指を立てたのだった。
「だいぶ敵は減ったようだね……」
横道が手頃な位置の敵を一掃してから、春子がつぶやく。
かなりの数を撃ったので、もう敵の残りは数機だけだ。もう安心だろう。
2人がそう思っていると、予期していない敵が出現した。
「コウレイだ!」
ジョーの怒鳴り声に、横道たちはハッとする。
それぞれのスコープを覗きこむと、スタジアムの壁を透過して、北側から薄ぼんやりとした影が出現してたのだ。
「コウレイ2体だと!? こんなタイミングで!」
「まずいね。今は対コウレイ用の武器は置いて来てるよ」
今は間の悪いことに、横道も春子も電気系のエネルギー兵器を持っていない。これではコウレイに対処する術はないのだ。
「よしっ。アタシの日本刀で敵を足止めするよ。その間に横道は――」
春子がそう言おうとした時、横道は照準越しにアオザを捕らえる。
アオザは迂闊(うかつ)にもコウレイの接近を許してしまい、効きもしない機関銃で対応しているところだった。
「横道!」
横道は狙撃銃を置いて、トラックから飛び降りていた。考えるよりも早く身体が動いたのだ。
横道は飛び降りた衝撃を前転で受け身を取り、走る。走る。走る。
途中で銃撃戦の最中を通過しても構わず、ただひたすらにアオザの元へ急いだ。
横道が到着すると、コウレイはアオザの目の前だ。そんなアオザを、ジョーは抱きかかえる形で、身を挺(てい)して守ろうとしている所だった。
このままでは2人ともやられる。そう考えた横道に躊躇(ちゅうちょ)の時間はなかった。
「俺に力を貸せ! ノーヘッド」
横道が叫ぶと、何もない空間から青い痣のような骨格が空気中に刻まれる。
それは横道の守護コウレイであるノーヘッドだ。
ノーヘッドは獣のような咆哮を上げ、アオザとジョーの元に向かう。
そのままノーヘッドはアオザたちとコウレイの間に身を滑らせ、接触を回避したのだ。
「いける。操れるぞ。大丈夫だ。大丈夫大丈夫ぶぶぶぶぶぶぶぶぶ」
横道は半狂乱で、意識を失いそうになりながらも精神の昂(たか)ぶり抑えようと理性を動かす。
それが功を奏し、アオザたちを巻き込まずにノーヘッドを操れていた。
「距離を開け! プッシュだ!」
ノーヘッドは横道の命令を聞き、動く。
ノーヘッドは両腕で目の前のコウレイを掴むと、その身体を奥へと押し出したのだ。
身体を押されたコウレイは風船を触ったように力なく地面に横たわる。まるで暖簾(のれん)に腕押しだ。
「次、ワンツー!」
ノーヘッドは前に両腕を構え、そのままもう一方のコウレイの頭を狙う。
コンビネーションをくらったコウレイは防御もしないため、顔面を殴られる。
コウレイに意識というものがあるかはともかく、そいつに隙ができた。
「ワンツーの、右ストレート!」
ノーヘッドは身体を少しだけ左右に振ってリズムを取り、軽い2回のパンチから鋭いストレートをぶちこむ。
その威力はすさまじく、コウレイの顔面に大穴が空いたのだ。
「マウントを取れ!」
顔が無くなり消滅し始めたコウレイは放っておき、ノーヘッドはまだ起き上がれていないもう一方のコウレイに跳びつく。
そのままノーヘッドがコウレイの身体を押しつぶすと、上から襲い掛かったのだ。
「パウンドだ!」
パウンド、つまり総合格闘技におけるのしかかりかって上からの攻撃だ。これがシンプルに強い。まともに組み伏せられれば、KO勝ちも確定と言われている。
だがノーヘッドの場合、相手を気絶させるだけでは終わらない。連続の振り下ろす殴り、それが幾度も降り注ぎ、雹(ひょう)のようにコウレイの顔面を打ったのだ。
しばらくすれば、ノーヘッドの下にいたコウレイはぴくりとも動かなくなり、その動きを止めたのだった。
「よしっ。もういいぞ」
横道は自分の意志で、ノーヘッドを制止する。
ノーヘッドは一瞬、恨みがましい視線を横道に見せるも、大人しく風に乗って消え始めたのだった。
これで難局は乗り越えた。そう思った時だった。
「きみたちが『とくべつかいごし』だね」
その声の主は、毛むくじゃらというのにふさわしい少女だった。
年齢はアオザと同じくらいだ折るか。幽霊のように伸ばしっぱなしの髪が藪(やぶ)のように生え、その顔色は正確に測れない。
それでもかろうじて見える口元が、その少女が笑っているのを知らしてくれた。
「ぼくはガン子。きみたちのいうところの『てろりすと』だよ」
ガン子はあっけに取られる横道たちの目の前で挨拶すると、その雰囲気はすぐに変わった。
手には包丁、2振りの刃先が錆びた凶器だ。これが常人の感性で装備されているワケがないのを、その場の全員が察した。
「何だ? 第2ラウンドか?」
横道はげっそりとした青白い顔のまま、ガン子の攻撃に備えるのだった。
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