第10話
「飛び込む際は何と発言すればいいでしょうか?」
横道とアールビーが内通者のテントへと侵入を試みる前に、アールビーが不思議な問いを投げかけた。
「それは重要なことか?」
「重要です。相手にこちらの身分や態度を明確にし、相手を委縮させる効果を生み出します。必要事項です」
アールビーの機械らしくない変なこだわりに、横道は戸惑う。ただその主張はあながち間違っていないと思えた。
「そうだな……。動くな、FBIだ! とかはどうだ」
「いい発想です。ですが所属の詐称(さしょう)は感心しません。他のにしましょう」
「他と言ってもな……。シンプルに、お前は既に包囲されている! とかか?」
「いいですね。相手を絶望させる良い効果があります。ただパンチに欠けています」
「そうだな……。だったら内通者は金にがめついみたいだし――」
横道とアールビーは長考の末、セリフを決めた。
そしてアールビーを先頭に、1人と1機はテントの入り口から飛び込んだ。
「取り立ての時間だ、コラァ!」
横道とアールビーの怒声に、内通者の男は全身をビクリッと硬直させた。
「お前はもう包囲されている! フリーズ! 腹ばいになって両手を頭に! 抵抗は無意味だ! お前には黙秘権を行使する権利が与えられている! 故郷のおっかさんが泣いているぞ!」
「やかましい! 口上が長すぎるぞ、アールビー!」
内通者は横道とアールビーの突入に、あっけに取られた顔をしていた。しかし、それも一時的な停止だ。
「な、なんだ! お前らは!」
「テロリストとの通話は傍受(ぼうじゅう)させてもらった。反論があるなら後で聞かせてもらう。まずは身柄を拘束する」
「ク、クソッ! さっきの会話か。だが捕まるつもりはない!」
内通者は裏切り者にありきたりな反応を見せ、腰のホルスターから拳銃を引き抜いた。
「死ね!」
内通者は片手で大した狙いもつけずに発砲した。
射撃は正確ではないけれども、当たってはたまらない。そこで横道はあらかじめ盾にしていたアールビーの後ろに隠れて、難を逃れたのだ。
内通者はアールビーの鋼の身体に銃弾が弾かれても撃ち続け。結局、拳銃の弾はすぐに撃ち尽くしてしまった。
「クソッ!」
内通者はまたしても悪態を突くと、拳銃を放り投げる。その拳銃だけは放物線を描いていたため、横道の頭にコツンッと当たって地面に落ちた。
「痛っ! いや、それよりも確保だ。アールビー!」
横道とアールビーは逃げる内通者に詰め寄る。
内通者はそんな横道たちよりも早く、テントの裾に潜り込んで逃げようとしていた。
だが横道たちは内通者の行動を読んでいた。
「セイッ!」
テントの下から出てきた内通者に対して、待ち構えていたアオザが回し蹴りを見舞う。
ただし内通者の動きは早く、技が躱(かわ)される。もしかしたら内通者は有段者なのかもしれない。
「セイッ、エイヤッ!」
しかしアオザの攻撃はそれだけで止まらない。回し蹴りからそのまま身体を捻り、流れるように後ろ蹴りへと移行する。
それが身体を起こした内通者の左(ひだり)肩甲骨(けんこうこつ)に衝突し、その体勢を崩した。
「旋体(せんたい)回状蹴りからの捻体(ねんたい)半月当てだと!」
テントの裾の下から頭だけ出した横道が、かろうじて見物に間に合い、アオザの技を観察した。
一方、内通者は背中を打たれてもまだ立っており、こちらも構えを取る。どうやら体格差で十分なダメージが与えられていないようだ。
内通者の構えは開いた片手を前に、もう片方は脇に挟んだ空手のような構え。それはアオザのものとよく似ていた。
しばらく2人は見合い。先に仕掛けたのは内通者の方だった。
「ソイヤッ!」
内通者は鋭い突きをアオザに浴びせる。
アオザは足を運びながら左右に構えを変えていたため、素早く身を屈(かが)めてそれを回避する。
更に内通者は、身を低くしたアオザに対して追い打ちのように下段回し蹴りをした。
「いい連携だ!」
「どちらの味方をしているのですか?」
首だけを外に出した横道とアールビーの前で、アオザは跳んだ。
「セエエエイッ!」
下段回し蹴りを跳躍によって避けただけではなく、飛翔しつつ突きを繰り出したのだ。
これは飛燕(ひえん)突きだ。
「ぐっ!?」
内通者は防御していない頭部に突きをまともに食らい、ふらつく。おそらく軽い脳震盪を起こしたのだろう。その足はもう千鳥足(ちどりあし)だ。
「このっ!」
内通者はもう空手の構えをしない。ポケットから小さなナイフを取り出すと切っ先をアオザに向けたのだ。
「卑怯だぞっ!」
「いえ、これは試合ではないです」
アオザはそれでも逃げず、構えを解かず、ナイフを前にする。
そしてアオザはナイフに怯まず前進し、ナイフに刺される直前、内通者の視界から消えた。
「セイッ!」
アオザは神速の速さで身を崩し、自分の脚で内通者の片足を挟む。それから挟んだ脚を軽く捻ることで、内通者はバランスを崩した。
両腿(りょうたい)挟圧(きょうあつ)、いわゆる柔道における反則技のカニばさみだ。
「卑怯だぞっ!」
「……」
内通者は背中を地面に向けて倒れる。そこにそれまで静観を決めていたジョーが追撃を行ったのだ。
ジョーは蹴り上げるように内通者の腹部を蹴り、内通者を昏倒(こんとう)させた。
「あああっ! いい所だったのに……」
「これは試合でも喧嘩でもないんだ。作戦成功が第一だろ」
ジョーの言う所はもっともだ。
横道は今度こそテントからちゃんと出て、内通者の周りをアオザたちと共に取り囲む。
まずは内通者の腕を後ろにして縛り、足も同じように縛った。
次にジョーが内通者へ喝を入れて、目を覚まさせたのだった。
「――っ。お前たちは……」
「アンタにはめられた春子の仲間だよ。情報は洗いざらい吐いてもらうぞ」
内通者は横道たちに囲まれ、自分の現状を悟った。
「ま、待ってくれ。情報操作したのは悪かった。俺だって必死だったんだ。勘弁してくれ」
「反省の弁を言う暇があったら大人しく全て吐くんだな」
「分かった。分かった」
内通者の口は軽かった。自分がテロリストと手を組み、横道たちを陥(おとし)れようと嘘のタレコミをしたと正直に話す。
そして裏切った理由は金、借金だ。自治政府の金にも手を出していたらしく、半(なか)ば脅される形で協力したと白状した。
「自業自得だな。情状(じょうじょう)酌量(しゃくりょう)の余地もない……。他にテロリストに協力したのは?」
「後は敵味方識別信号を売っただけだ! 他は何もしていない!」
「敵味方識別信号を――!?」
敵味方識別信号、それは警備兵が言っていたアカウント式のゲートパスだ。
つまりテロリストは、検問を安全に通過する手段を手に入れたワケだ。
「これは、やばいぞ」
横道が事態の深刻さに気付いた時、どこからか爆発音と銃撃の音が響いた。
対策を取る暇はない。これはテロリストの、襲来だ。
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