第12話
ガン子の動きは人のそれよりも動物のものに近かった。
その体勢は低く、包丁を持ったまま地面に四つん這いになり、横道たちに向かってきたのだ。
「止まれ! 撃つぞ!」
横道が制止を促(うなが)しても、ガン子は聞く耳を持たない。
警告を無視した以上、横道たちも反撃しないわけにはいかない。それぞれの銃を構え、できる限り致命傷を避けて撃ったのだ。
「にししっ」
だが銃弾はガン子に命中する前に、不自然に止まる。それはまるで見えない障壁に遮(さえぎ)られたようだった。
「何っ!?」
よくよく見れば、ガン子の身体は青い蜃気楼のような影に包まれている。例えるならば、コウレイの身体にそっくりなベールだった。
「守護コウレイか! 物質化(エクトプラズム)を使ったな」
コウレイは本来、物を透過する幽霊のような身体だ。しかし時には物に触れられるように身体を変化させる能力を持っている。
その能力こそ魂の物質化、エクトプラズムなのだ。
ガン子は守護コウレイを、横道のような遠隔操作ではなく、肉弾戦に特化させて使っているのだ。これでは銃弾どころかナイフも通じない。
対応方法としてはコウレイと同じだ。電気エネルギーのような対コウレイ装備さえあれば、あのガードを打ち破れる。
もしくは、再度守護コウレイを召喚して迎え撃つ方法だ。
「――ノーヘッド!」
横道は身体を力ませる。けれども横道の願いとは裏腹に、ノーヘッドの影は出現しない。
「クソッ! 命令通り動くと思ったら今度は引きこもりかよ」
舌打ちしている間も、ガン子は横道たちに迫る。
そんな中、果敢にガン子へ挑みかかったのはアオザだった。
「シッ!」
アオザは間合いへ入ったガン子に回し蹴りをくらわせる。距離感は正確で、蹴りはガン子の突出していた顎を強(したた)かに打ち砕くコースだ。
――パンッ
アオザの蹴りは確かに当たった。それでもガン子はノーダメージだ。
何故ならその打撃も、ガン子に触れる直前で青い障壁に止められたからだ。
「きみたち、よわいね。こんなのじゃ、ぼくはまんぞくできないよ」
反撃とばかりにガン子は両手の包丁を振り回す。その挙動は素人ゆえの未熟さと危険を孕(はら)んだ攻撃だった。
武道をたしなむアオザは鍛えられた動体視力と技で、包丁を持ったガン子の腕を狙い、斬撃を叩き落とす。
ただその技巧派の受け流しも乱暴に繰り出されるガン子の狂気を全て回避はできなかった。
「っ!」
ついにアオザの腕に包丁の切っ先が引っ掛かり、その肌に赤い糸を引く。
ガン子はその傷に満足したように、斬撃を続ける。そうすると、アオザの腕には次々と赤い流線が刻まれ始めたのだ。
「俺の娘を傷つけるな!」
ガン子のいたずらに傷を増やすような行動にイラついたジョーが、効かないと分かっていても銃を乱射する。
終いにはその銃床で殴りつけようと接近するも妨(さまた)げられ、逆に包丁の返し技を受けてしまった。
「じゃまをしないで! まずはなきだすまでまっかにして、そのあところしてあげる。ぼくとおなじようになろうよ!」
そう言い放つガン子の身体を見れば、腕や顔に無数の古傷が残っている。その傷はどれも裂傷、鋭い刃物で何度も丹念に刻まれたものだと推測できた。
「さあ、きずつけあおうよ!」
ガン子が再び包丁を振りかぶり、心折れそうなアオザが迎え撃つ。
その時だった。
「やんちゃが過ぎるね。おままごとは卒業しな!」
スピードと体重の乗った蹴りが、防御越しとはいえガン子の横っ腹に突き刺さる。
その攻撃の主は、春子だった。
春子はその場に滑り込んだ後、正位置に改造日本刀を構えると、蹴りの勢いで少し後退したガン子の前に立ちふさがった。
「きみにもきずをつけるひつようがあるようだね。おばあさん」
「躾(しつけ)が必要なのはアンタの方だよ。だけど、いいさ。付き合ってあげるよ」
春子は正面に構えていた改造日本刀を軽く引き上げ、前進と共に振り下ろす。
ガン子はその振り下ろしをしたり顔で待ち受け、見えない壁が改造日本刀の刃を受け止めた。
ただし、春子の攻撃はそれだけで終わらない。
「電流ON!」
春子の改造日本刀から突然、青い火花が巻き起こる。それは柄(つか)に内蔵されたバッテリーから放たれた電流だ。
春子はそのまま改造日本刀に鍔(つば)迫り合いのような体重をかける。すると、ガン子を守る障壁が軋み、少しずつ刃が入り始めたのだ。
慌てたガン子は包丁で改造日本刀を防ごうとするも、それは悪手だった。
「あぎっ!」
改造日本刀の電流が包丁を伝わってガン子の身体に到達する。
電流を流されたガン子は当然のことながら耐電装備がないために、全身を痺れさせた。
「な、なんてことするんだ!」
ガン子は包丁を落として、転げまわってから悪態をついた。
「ちょっとお仕置きが過ぎたようだね。だけどアンタには他人(ひと)の痛みを味わう必要がありそうだったからね。ごめんよ」
「ぼくがほかのひとのいたみをしる? ちがうよ。きみたちがぼくのいたみをしればいいんだ」
「他人に分かってもらうには自分から知るのが絶対条件だよ。一方通行は片思いどころじゃない。単なるわがままだよ。愛したければせめて相手を知りな」
「……うー。きみのせっきょうはきらいだ。『まつもと』のことばみたいにむねがいたくなる」
「松本……、やはりアンタはアイツの手の者のようだね」
春子がじりじりとガン子との距離をはかり、ガン子もまたそうしていると、急に声が響いた。
『ガン子。もういい。撤退だ』
「!?」
それはノイズが含まれた男の声だ。どうやら、ガン子の服の下から取り出された小型の無線機からのもののようだ。
「ぼくはまだたたかえるよ。ちょっとてごわいひとがいるけど」
『今はその時じゃない。それに向こうはこちらに対処しつつある。逃げ遅れる前に帰ってこい。俺にはまだガン子が必要なんだ』
「――っ! わかったよ。そこまでいうなら、もどるよ」
ガン子は通話を終えて、服の中に無線機を戻した。
「おっと、簡単に逃がすとは思わないことだね。洗いざらい事の顛末について話してもらうよ」
「だめだよ。そうすると『まつもと』がおこっちゃう。だから、さようなら」
ガン子はそう言うと、服の下から今度は複数の包丁を取り出し、投擲した。
投げた先は春子本人ではなく、後ろにいる横道やアオザやジョーに向けてのものだった。
「このっ!」
春子は手慣れた刃の軌道で、飛来する包丁を全て叩き落とすのに成功する。
だけれども、ガン子は包丁を投じた後すぐさま逃げてしまい。その場に残っていなかった。
「逃げ足だけは速い子だね。まったく」
春子は憎々し気に言葉を吐き捨てながらも、鞘に改造日本刀を収めた。
そしてテロリストの襲撃も弱火となり、間もなく鎮圧し終えようとしていた。
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