第14話

「ダメだな」


 老人たちにアールビーとSUVを預けた横道たちは、車を調達するために中央部隊と合流していた。


 中央部隊は現在進行ルートを探しているため、小休止をして止まっている。その場所に自治政府の役人である石川もいたのだった。


「どうしてだ? 安全なルートが手に入るなら渡りに船だろ」


「問題点は2つだ。1つは貴重な足を見知らぬ誰かにあげられないという点。そしてもう1つは北に別ルートが見つかったという点だ」


 石川が言うには、北を迂回すれば高速道路に乗れるのでその道を使う算段になったらしい。


 だからと言って横道たちはここで食い下がるワケにはいかない。もうすでに老人たちには車を渡す代わりにSUVを貸してしまったし、約束を反故(ほご)にする気は毛頭に無かったからだ。


「そもそも不良老人たちの情報はないのか? 人数は? 年齢は?」


「焦らせるんじゃないよ。人数は21人、年齢は80~70代だね。あまり年上は環境で身体を壊してしまうようだよ」


「そうか。ならば助ける必要まではないな。その程度の年齢ならコウレイも危険にならないだろうな」


 コウレイの大きさや危険度、それは人間の年齢に応じて相乗的に増えていく。70歳よりも80歳、80歳よりも90歳の方がより大きく危険なコウレイになるのだ。


「100歳レベルならまだ考えようもある。しかしリスクとメリットにおいては今遠征を最優先にする。話はこれまでだ」


 石川はそ冷たく告げると、警備兵たちをまとめる作業に入った。


「ちょっと、石川さん!」


「止めときな、横道。石川さんはああ言うと頑(かたく)なでね。テコでも動きやしないよ」


「じゃあ、どうするんだ?」


「……どうするかねえ」


 横道と春子はその場に立っているワケにもいかず、残りのSUVで待っているアオザとジョーに合流した。


「どうだ?」


「ダメだね。石川さんは拒否したよ。廃車をリストアして渡すワケにもいかないし、八方ふさがりだね」


「悩んでいるところ悪いが、オープンチャンネルを聞いてくれ。時間はあまりないようだぞ」


 ジョーに促されて、横道と春子もSUVから流れてくる無線に耳をかざした。


『こちら此岸(しがん)川南東老人グループ。現在コウレイゾンビと交戦している。数は約30。動けないものもいる。誰か助けを寄こしてくれ! 繰り返す――』


 横道たちは無線を聞いて、顔を見合わせた。


「位置的にはさっきあった老人グループのようだね。救難要請かい」


「時間はなさそうだ。決断しなければ全滅するぞ」


「……うーん」


 珍しく春子が難しい顔をしていると、遠くから召集の声がかかる。どうやら北のルートに急ぐらしい。


 このままでは老人グループとアールビーを見捨てる選択になってしまう。


 そう感じた春子は、悪戯っぽく口角を上げた。


「ところでそこのトラック。荷台がすいているみたいなんだが、落とし物かい?」


 春子の唐突な疑問に、その場にいた他3人は一瞬迷ってから肯定した。


「ああ、そうだな。違いない。アオザもそう思うだろう」


「私もそう思うです。横道はどうです?」


「右に同じだ。こいつはもったいないな」


 3人の意思を確認してから、春子は大きく首を縦に振った。


「なら仕方がないね」




 事業用のトラックを拝借、もとい強奪した横道たちは、南にいる老人グループの元へと運転していた。


「命令違反に窃盗か。戻ったらただじゃおかないな」


「分かり切った悩み事はするんじゃないよ。人生ってのは今を大事にすれば過去も未来も関係ないのさ。未来を想って不安になるくらいなら、今を後悔しないようにするんだよ」


 横道たちを先導した春子は、ハンドルを操りながら愉快そうに笑う。まるで周りを気にしないおてんば娘のようだ。


「それよりも武器を確認しな。もうすぐだよ」


 春子が言う通り、間もなく広大な庭を有する病院が見えてくる。そこが老人グループたちの拠点だ。


 だが今は門が壊され、コウレイゾンビが溢(あふ)れている。庭の中にも侵入され、病棟の中からは銃声が響いていた。


「コウレイとコウレイゾンビ、どちらにも備えな」


「おう」


トラックが停車し、前方を走っていたジョーのSUVも停まる。ここからはいつもの特別介護士の仕事だ。


「門と玄関を突っ切るよ! まずは老人グループと合流だよ」


 横道たちはそれぞれの銃器を構え、門の内部に侵入する。


 迫りくるコウレイゾンビは頭部と胸部を撃ち抜き、近づかれたら刃物で止めを刺した。


「ツアッ!」


 そして時にはアオザの躰道(たいどう)による蹴りでコウレイゾンビをドミノ倒しに薙ぎ倒し、道を拓く。それでも、こちらは敵の数に対して人数も銃弾も足りていなかった。


「作戦変更だよ。玄関は避けて窓から侵入するよ」


 春子の提案で、一同は玄関から離れた窓から中に入った。


 そっと部屋の扉から廊下を伺うと、やはり屋内にもコウレイゾンビが多い。下手したらどこかにコウレイも潜んでいるかもしれない。


「向こうと無線は通じないのかい?」


「やってるが通じない。どうしたんだ」


 横道たちは無線による状況把握を諦め、コウレイゾンビの目を盗み、慎重に上の階に進む。


 途中、こちらに気付いていないコウレイゾンビは後ろから襲い掛かって腹と頭を刺し、無力化していった。


 そうして順調に安全確保を行っていくと、横道たちの進路は即席のバリケードによって防がれてしまった。


「そこにいるのは皆さまですか?」


 バリケードの向こうから声がする。それはアールビーの無機質な声だ。


「合流できたようだね。そちらはどうだい?」


「正確には壁越しです。こちらは老人の方を2人やられてしまいました」


「と言うことは、少なくともコウレイは2体増えているわけだね」


 コウレイゾンビはともかく、コウレイはアストラル体。つまり幽体だ。物質を透過する以上、バリケードの障害も意味がない。


 そうなると、ここは籠城するのに不向きだ。


「表にトラックがあるよ。20人くらいなら大丈夫さ。問題はたどり着くまでだね……」


 春子がその方法を考えていると、状況は芳(かんば)しくない方向に動いていた。


「6時方向にコウレイ反応です。注意してください」


「何っ!?」


 横道たちが振り向くと、床をすり抜けてコウレイがやってくるのが見えた。


 そのコウレイは禿げた男性の頭部が特徴的で、両腕がない青いシルエットをしていた。


 横道たちは咄嗟にコウレイへと向き直って戦闘態勢になった。


「俺が先陣を切る。ノーヘッド!」


 横道が身体に力を入れて、守護コウレイのノーヘッドを呼ぶ。


 ノーヘッドは壁から滲み出す形で召喚に成功するも、その様子は普通ではなかった。


「おい、こいつの標的は俺たちになってないか?」


 ジョーの危惧の通り、ノーヘッドはコウレイではなく横道たちを見ている。


 どうやら横道はノーヘッドを制御できていないようだった。


「ぐっ。この間は上手くいったのに――」


 横道は気が遠くなりながらもノーヘッドの支配権を得ようとする。しかしそれは遅い。


 ノーヘッドは横道の意思に反して、こちらに手を伸ばしてきたのだ。


「そいっ!」


「痛っ!」


 仕方なく春子は横道の頭を殴り、集中力を切らす。


 すると、ノーヘッドは手を伸ばした状態で霞(かす)みのように消えさり、とりあえずの危機は去った。


「なんでなんだ。俺には守護コウレイを操れないのかよ……」


 横道は守護コウレイを自在に操る松本やガン子を思い、悔しさに歯がゆんだ。


 自分にはできない。敵にはできる。それだけで横道が責任を感じるのは十分だった。


「反省会をしている暇はないよ。全員、対コウレイ準備!」


 春子が言うまでもなく、全員がコウレイに効く帯電装備に切り替える。


 特にジョーとアオザの装備は、春子のものと違い、先端にパラボラアンテナが付いたような奇妙な形をしていた。


「行くよ。電流掃射!」


 春子の合図と共に、4人は電流系の銃を放つ。


 電圧を限界まで引き上げ、バッテリーが熱を持つくらいまで電流を浴びせると、コウレイは空中で悶(もだ)えた。


 バッテリーが底をつくたびに、装填のように入れ替え、横道たちは電流を続けざまに当てる。もし電流が途絶えれば、コウレイがこちらに接近しかねないからだ。


「これでラストだよ!」


 春子が替えたバッテリーを最後に、皆のバッテリーは尽きた。


 だがちょうどよく、コウレイも変化する。その身体が崩壊し始めたのだ。


「掃射止め!」


 春子が命じると、解放されたコウレイは脆い砂像のようにボロボロと身体を崩す。どうやら倒せたらしい。


 コウレイが完全に消滅したのを確認してから、横道たちは一息つく暇もなく再び作戦を練り始めた。


「どうにか玄関を抜ける方法を考えるよ。荒川さんはいるかい」


 アールビーがバリケードを撤去し、現れたのは禿げ頭の荒川だった。


「それに関しては私に考えがある。大丈夫だ」


「本当かい? じゃあ、話しておくれ」


 荒川は勧められるまま、横道たちに作戦の内容を話したのだった。

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