第7話
デパートの店内は照明がなく、暗渠(あんきょ)のように暗い。まるで異次元に迷い込んだように錯覚しそうになる場所だった。
所々に商品棚が配置され、床には売り物だったものが散乱している。購入するためのレジは空っぽで、人気のなさを体現しているかのようだった。
割れたガラスを踏み荒らし、店の中に侵入してきたのは黒塗りのヘプタボット、テロリストの手先たちだ。人はいないが統率された機械たちは手に機関銃を握り、横道たちを追ってきていた。
数は9機、頭数では横道たちが圧倒的に不利だった。
黒いヘプタボットたちは、それぞれ3機ずつの3組でスクアッドを組み、雑誌や品物の袋を踏み分けて奥へと進んでいた。
――ピンッ
先頭を歩いていた1機が足元の違和感と音に歩みを止める。それはちょうど膝下ほどの高さに張られたピアノ線で、黒いヘプタボットの脚に絡みついていた。
そして続くのは頭上からの爆発。鉄の破片が先頭の3機に降り注ぎ、多面体の頭部を損傷させた。
そのうち1機はかろうじて破壊を免れたものの、突如正面から銃弾を受け、モノアイのカメラに大きなトンネルを開けてしまった。
残りの6機はトラップを学習し、足元の罠を注意しながら狙撃ポイントに急ぐ。しかし向かった先にはもう人影はなく、無駄足だった。
しかも機能している黒いヘプタボットはいつのまにか5機に減っている。最後尾が後ろを確認すると、後方にいた1機の首と腹部の重要なケーブルが切り裂かれて倒れているのを視認した。
黒いヘプタボットたちには恐怖心がない。それでも想定不能な状況に、機能不全を起こしたような戸惑いが感じられた。
「こっちだよ。ノロマ共!」
黒いヘプタボットたちは声の方向に注視する。だがそれも罠だ。
商品棚の隙間から缶の形をしたものが放り込まれ、一眼レフのカメラがそれを捉えてしまったのだ。
――突然の閃光。一瞬その場が真っ白に染まる。
黒いヘプタボットたちは閃光手りゅう弾をまともに直視し、画面がホワイトアウトになった。
攻撃はそれだけで終わらない。別角度から人間、フードを被ったアオザが飛び出して手短のヘプタボットの頭にあるCPUを拳銃で撃ち抜く。
それに気づいた別のヘプタボットがいち早く映像を復旧させて銃を構えるも、アオザの方が早い。
アオザは貫(ぬ)き手で、対応した黒いヘプタボットのカメラを深々と打ち破り。それからすぐさま身を翻(ひるがえ)すと、アオザは暗闇に隠れてしまった。
他の黒いヘプタボットは視界を復旧させるが、アオザの姿は光学カメラにも赤外線カメラにも移らない。
それはアオザが身に着けているフードがアルミ製のためである。アルミは赤外線を含む、あらゆる電波を遮断するからだ。
残り3機の黒いヘプタボットたちは互いに背を向けて全周囲を監視した。これなら不意打ちの類は受けないはずだ。
「こっちだ!」
今度は3方向から別々に声が聞こえ、3機はネットでリンクしたデータを元にそれぞれ最短の方向に反応する。
最適化した動きで銃撃をしたヘプタボットたちだったが、声の主の姿はどれも一瞬だけで捕らえることはできない。
そしてそれは当然のように誘導だった。
3方向とは別の方角、闇を切り裂くように走りこむ人影は黒いヘプタボットたちの間合いに入った。
「――シッ!」
人影の人物、春子が短く息を吐くと手に持った日本刀を振るう。
その武器は日本刀を改造し、電熱によってあらゆるものを切り裂く優れものだった。日本刀は場合によっては電流を流すこともでき、対コウレイ用に仕上がっていた。
春子はその日本刀を居合のごとく鞘から抜き、半円を描く刀身が黒いヘプタボットたちの身体を通過した。
春子が残心のまま日本刀を鞘に戻すと、黒いヘプタボットたちは身を千切(ちぎ)って床に倒れ伏したのだった。
それでも機能停止しない黒いヘプタボットの上半身が反撃しようとするのを、大口径の弾頭が残りの部分にでかい穴を開けた。
そうしてやっと黒いヘプタボットは全機破壊されたのであった。
「作戦通りだな」
重い狙撃ライフルを抱いた横道が春子に近づく。更にジョーとアオザも2人に合流した。
「思った以上に上手くいったようだね。中々やるじゃないか」
春子が特に褒めたのは、アオザだった。
「私が撃破できたのは1機だけです。トラップや日本刀を使いこなす春子さんの方が凄いです」
「謙遜(けんそん)することないよ。撃破数なんてものはその場の状況次第で変わるものさ。私がいなければアオザと横道、それにジョーのサポートで何とかできたはずだよ」
春子がアオザに拍手を送っていると、ひょこひょこと歩きながら近づいてくる機体があった。
「恥ずかしながらお役立ちできませんでした。お許しください」
それは白いヘプタボットのアールビーだった。今は左肩が腕ごと吹き飛ばされて、バランスが悪そうだった。
「仕方ないだろ。運転席にアールビーがいなければ誰かが致命傷だった。いつも被害担当役にしてすまないな」
「機械の身体には痛みも傷心(きずごころ)もありません。ただし、スクラップにはしないでくださいよ」
アールビーの余裕のジョークにアオザが噴き出す。それにつられて、その場の全員が苦笑したのだった。
「さて、残りは外の狙撃兵だね。いい案はあるかい?」
「車両を放棄して逃げるのはダメか?」
春子の問いに答えたのはジョーだった。
「却下だね。あれは放棄するには金がかかりすぎだよ。後で取りに戻るのも難しそうだしね。次は?」
「俺が狙撃するのがよさそうだな」
次に答えたのは狙撃ライフルを持つ横道だ。その顔は自信満々で、やる気にみなぎっていた。
「狙撃戦かい。ちょっとリスクがあるね。何かアレンジが欲しいねえ」
「だったら私に案があるです」
最後に、春子の悩みに提案を出したのは、アオザだった。
横道はビルの最上階でカーテンがかかったままの窓の前で待機していた。
待機とは言っても、手持ち無沙汰(ぶさた)でボーっと立っているワケではない。テーブルを用意し、そのうえで伏せているのだ。
狙撃ライフルの重い銃身は即席の雑嚢(ざつのう)に乗せている。これなら安定性は段違いだ。
「カーテンを外したら戻せないよ。失敗した時はテーブルから転げ落ちるんだね」
「やなこった。1発で決めてやるから、見てろよ」
横道の隣でサポートしているのは春子だ。カーテンの紐を持って、いつでも外せるように構えていた。
そして2人は狙撃の合図を、いつかいつかと待っていた。
作戦はシンプルだ。別の階から陽動の銃撃をして、敵が狙撃したのを待って反撃する方法である。
「普通と言えば普通だな。問題は敵が先に狙撃してくれるか、だな。ところでアールビー、外の状況は?」
横道は寝転がったまま微動だにせず、狙撃されぬ位置から外を眺めるアールビーに声を掛けた。
「異常はありません。松本という男の追手もありません。諦めたのでしょうか」
「松本にそれはないね。ただ長い眼で作戦を立てる奴だから、一時的に退いた可能性はあるよ」
アールビーの疑問に反応したのは、春子だった。
「そういえば松本は春子ばあちゃんを知っていたな。何者なんだ?」
横道がそう尋ねると、春子は一瞬懐かしそうな顔を見せた。
「松本は私の戦友だよ。内戦の頃のね」
内戦、それはコウレイによって経済が衰退して貧困がピークに達した時に起きた政治的闘争だ。
外国にそそのかされた者たちもいれば、義憤に駆られた者たち、単に利益を優先した者たちと様々あった。ただどの者たちにも、無政府状態を脱却して生き残るために小さなコミュニティーを作る必要に迫られていた。
問題は彼らのそれぞれの支配域だ。互いに領土というパイを切り分け、傷つけあい、長期化して中だるみした頃にやっと終わったのだ。
その終結が約10年前、春子と横道が出会った時でもあった。
「松本は内戦である任務に、私と共に就いていた。それは敵側が小型戦術核爆弾
使用しようとした時だった」
春子は話す。
春子と松本は小型戦術核を発見するのに成功した。しかし、爆発は間もなくで解体する時間は残されていなかった。
そこで松本が提案したのは斬新な方法だった。小型戦術核爆弾を敵側の核シェルターに閉じ込め、被害を減らすという方法だった。
ただし時間はあまりなかった。松本は小型戦術核爆弾を核シェルターに運ぶことは成功するも、戻っては来れなかった。
「核シェルターを封鎖したのは私のは判断だよ。もしかしたら松本は目前まで来ていたのかもしれないね。恨むのは、当然の権利だよ」
「けどよ。危険は松本も納得ずくだったんだろ。なら恨まれるのはアリでも復讐されるのはフェアじゃない。下を向くことはないよ。春子ばあちゃん」
「そうだねえ。理屈の上では分かっているんだけどね」
春子は普段しないような空笑いをして、諦めたように呟(つぶや)いた。
「松本は俺と同じ守護コウレイを持っていたな。やっぱ、守護コウレイを持つのは『死にかける』ことなのかな」
守護コウレイは横道の持つノーヘッドというコウレイである。こいつは元々生まれつき持っていたものではなく、後天的に得た能力だ。
きっかけは内戦の犠牲になった横道の家族たちのうち、辛うじて生き残った横道がほとんど脳死状態にあった時だ。
家族の中には若い父母だけではなく、祖父もいた。祖父は容態が安定していたものの、急死してしまう。そのため周りはコウレイ対策に遅れてしまったのだ。
横道は死にかけたままコウレイの傍に置かれ、接触によりコウレイゾンビになるかと誰からも思われていた。
「だが逆だった。俺は蘇生し、守護コウレイという力を手に入れた。理由はよく分からないけどな」
「守護コウレイの記録はあまりないからねえ。研究者もあまりいないし、分かるようになるのは何時だろうね」
横道と春子が昔話をしていると、無線が繋がった。
『こちらアオザ。作戦を開始するです』
「頼むよ。こっちは待ちくたびれていたところさ。何時でもいいよ」
『了解したです。通信終了するです』
アオザはそう言うと、無線を終了した。
しばらくすると、下の階で銃撃が始まった。目標は道を挟んだ左の建物、反撃を誘発するために適当な階を撃ち始めたのだ。
けれど相手は中々反撃してこない。時間はたっぷり10分ほど断続的に射撃を続けるも、反応はなかった。
「相手はたぶんヘプタボットだろうね。絶対の時以外には引き金を引かない。優秀だね」
「ああ、しかしこのままだとこっちは袋小路だ。どうする?」
横道が尋ねた時、その答えは無線から返ってきた。
『こちらアオザ、方法を変えるです』
「方法ってなんだ?」
『直接外に出て狙撃を誘うです。まかしてくださいです』
「おいおい、危ないだろ」
横道の忠告に対して、アオザは中止を言わなかった。
「アオザ、作戦を中止しろ! これは命令だ」
無線から返答はない。代わりに発言したのはアールビーの方だった。
「外に変化あり。こちらのビルから誰かが出てきます」
「おい、止めさせろ! 死んじまうぞ!」
横道の静止はもう手遅れだ。
突如として向かいのビルから撃発の音が廃墟に響いたのだ。
「敵発砲。外の対象が撃たれました」
「あの馬鹿!」
それでも作戦は継続しなければならない。
言葉を噛み切った春子はカーテンを引っ張り、破壊する。カーテンの裾(すそ)が幕開けのように下り、横道の視界いっぱいにビル群が広がった。
横道は言葉を押し込め、敵の狙撃兵を探す。大体の目星をつけた建物にスコープの狙いを定めて、前後左右に様子を伺(うかが)う。
そして、敵の動きを察知した。
左向かいのビル8階、右から2番目の窓だ。そこからスコープの反射光が見える。
横道は静かに呼吸を続けたまま、狙撃ライフルの狙いを絞り込んだ。
――ガウンッ!
横道の狙撃ライフル特有の発砲音と共に、こちらの窓と向こうの窓が破砕される。
それによりスコープの反射光は炸裂し、見えなくなった。
「他狙撃対象無し。作戦終了だよ」
双眼鏡でじっくり窓の外を見ていた春子がそう告げて、横道はやっと腹ばいの状態から解放された。
「アオザはどうなった? アオザ! 応答しろ!」
横道はアオザの安否を気にして春子の無線を奪い、唾(つば)を飛ばした。
だが無線から返答はなく、沈黙したままだった。
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