第8話
「俺は本気で心配したんだがな」
敵を退けた横道たちは今、SUVを取り戻して中央部隊と合流しようとしていた。
中央部隊は目的の彼岸川町に行くまでに、2回の拠点を経由する予定となっていた。
第1拠点はサッカースタジアム。第2拠点は彼岸川ダム。この2つはおおよそ等距離の差があり、拠点として重要な施設だった。
そこで横道たちは壊れたアールビーとSUVの修理、それと報告のため、既に中央部隊が到着している第1拠点のサッカースタジアムに向かっていた。
「囮にしたヘプタボットの破片で無線が壊れたのです。仕方がない話です」
「それでも安全を報せる方法は他にもあっただろ。階段を下りてみたら普通に待っていて、焦って損したぜ」
「フフフッ。でも本気で安否を気にされたのは、父以外、初めてです。本当にありがとうです」
アールビーの代わりに運転しているのは春子で、助手席にはアールビー、後部座席には横道とアオザが乗っていた。
どうしてアオザがこちらに乗っているかと言えば、年頃の近い横道と話がしたいがためだった。
それと、心配をかけた謝罪だ。
「ジョーとアオザはずっと一緒に特別介護士をしてるのかい?」
「ずっと、というほど長いわけではないです。ただ私は父と母以外と組んだことはないです。だから今回の連携は不謹慎だけど楽しかったです」
「そうかい? そいつは良かった」
春子は運転をしながら、にんまりと口角を上げた。
「父と母、というと母親がいるんだな。どんな人なんだ?」
横道は何気なく尋ねたつもりだったが、その問いにアオザの顔が曇る。
どうやら地雷を踏んだらしい。
「言いにくい時はちゃんと言うんだよ。横道は筋金入りの鈍感なんだから。釘刺しとかないと言われっぱなしだよ」
「……俺だってそこまで無神経じゃないよ」
春子が気を遣ったものの、アオザは躊躇(ちゅうちょ)しつつも口を開いた。
「母は、先月亡くなりましたです……」
「……すまん」
「いいんです。もう十分に悲しみましたし、私は立ち直るべきなんです。心ではそうと分かっているのですが、中々上手くいかなくて」
「何が上手くいかないんだ? 任務に支障はなかったように見えたが?」
「……父の事なんです」
アオザはため息をつくように俯(うつむ)き、意を決して話し始めた。
「私は父が、心の底から赦(ゆる)せていないんです」
「ジョーが? どうしてだ?」
「父が、母を殺したからです」
春子も横道もその言葉に驚く。そのため、アオザは修整を入れた。
「言いすぎましたです。任務中にコウレイに接触した母がコウレイゾンビになって、やむなくの事です」
「そうか。それは仕方がないな」
「そうです。仕方がない、仕方がないはずなんです」
アオザは自分に言い聞かせるように言い直す。春子はその微妙なアオザの口調を察したように会話に割り込んだ。
「頭でわかっていても、大事な人が殺されたことに納得がいかないんだね」
「……はいです」
横道にも分かる。偶然だから、運が悪かったからと言って、家族の死が許せるわけもない。しかもその殺した側の人間が身近にいるなら、なおさらだ。
「私は父を許さなくちゃいけないのです。でも、それが中々できなくて、ギクシャクして、このままじゃ母も報われないと分かっているのです。だけど――」
「急ぐことはないよ。人生なんて何十年先もあるんだ。セクシーに生きさえすれば、スマートな考えが生まれるものさ。焦らない。それが長生きのコツだよ」
「けれど父も何年かしたら65歳、コウレイになる可能性のある年齢です。時間はあまりないのです」
「なんでコウレイの年齢を基準にするんだい? 私だって今月で75歳なんだよ。年齢はとっくに過ぎちまった。でもね。寿命なんて自治政府にも、世界にだって決められやしないんだよ。それが自由、生きていくのは自由。そして死んでいくのは運命なのさ。そして運命は他人が決めるものじゃない。だろう?」
「……春子さんは、すごいです。あばあちゃんなのに、生きているって感じがしますです。羨(うらや)ましいです。私にはそんな強さがないです」
「他人の庭の芝生は青いものさ。アオザちゃんだってもう何年かすれば素晴らしいレディーになれるよ。アタシのようにね」
春子がそう言い切ると、アールビーが注釈(ちゅうしゃく)した。
「それは不可能です。アオザは推定16歳。たった数年で75歳も歳をとれません」
「うるさいねえ! 例えだよ。例え!」
春子とアールビーのやり取りに、横道もアオザも面白可笑しくて笑った。
そんなSUVの車内で、開かれたままの無線チャンネルから誰にも聞かれない小さな声が響いたように思えた。
SUVを走らせてしばらくすると、中央部隊との合流地点であるサッカースタジアムが見えてきた。
サッカースタジアムは外壁が剥げ、褪(あ)せてしまったそれはかつて透き通るような青の塗色がされていたのだろう。
横道たちはSUVに乗ったまま、大型トラックでも入れそうな木製扉の入り口を見つける。
そこには自治政府の請負をしている警備兵が立っていた。胸には先日出くわした警備兵とおなじペンギン印のワッペンが刺繍(ししゅう)されていた。
「バードセキュリティかい。あそこも警備を請け負ったんだね」
SUVで近づくと、運転席側に警備兵の1人が寄ってくる。
よく見れば、その顔はどこかで見かけた顔だった。
「お前らは……この間の特別介護士か」
「あら奇遇だね。髭面のおにいさん。調子はどうだい?」
「お前らのおかげで始末書を書かされたよ。おまけに部下を2人も失った。正直もうお前らと関わり合いたくないな」
「部下の事はお悔やみ申し上げるよ。だけどアタシたちのせいにされるのは心外だね」
「分かっているさ。お前たちが悪くないのは……。だけどそれで納得できるほど物分かりは良くなくてな」
「そうかい。それよりもここを通して欲しいねえ。この間みたいに待たされるのは勘弁だよ」
春子が注文を付けると、警備兵は持っていたタブレット型の端末から何かを確認した。
「今回は敵味方識別信号で確認している。IDは受け取っているようだな。人数は5人か」
「4人と1機だよ。もういいかい?」
「ああ、通ってくれ」
春子と警備兵のやり取りが終わると、SUVはサッカースタジアムに入場する。
サッカースタジアムの中は奥行きのある、広々とした場所だった。
観客席が今でも試合を待ち望んでいるように並べられ、枯れてしまった芝生は所々地肌が見えていた。電気は復旧されたようでオープンされた天井端のライトが照り輝き、地面にいる者たちに降り注いでいた。
今は芝生の上にサッカー選手の姿はなく、荷台付きのトラックやテントが占領している。他にも発電機や投光器が置かれ、その場はより一層明るくなっていた。
時間はもう夕方だが、昼間のような明るさに目を細めつつ、横道たちのSUVは手頃な場所に停車した。
「さて、ところで誰にアールビーの修理を頼めばいいのかね」
春子がそう言いつつ運転席から降りた時だった。
「フリーズ! 手を見えるように上げろ!」
急に周りを警備兵に取り囲まれ、銃を突き付けられた横道たちは大人しく言われた通りにした。
「何だい!? 今度はちゃんと検問を受けたじゃないか!」
春子が文句を垂れていると、警備兵の間からまたしても見覚えのある顔が現れた。
「つい先日ぶりだな。特別介護士の諸君」
「あら石田さんじゃないか。こんな下々に何か用かい?」
それは自治政府の役人、石田だった。てっきり自治政府の小間使いだけで、この遠征に参加はしないと思われていた。
「まったく、とんでもないことをしてくれたな」
そんな石田が憮然(ぶぜん)とした顔で春子に用事を告げた。
「貴様たちにはテロリストとの共謀の疑いがかかっている。大人しくついて来てもらうぞ。抵抗は無意味だからな」
「何だって!?」
横道たちはいつの間にかあらぬ疑いをかけられたらしい。
その事実に一同はただただ驚くしかなかった。
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