第6話
廃車の上に立つ男は初老の男性だった。
頭はスキンヘッド、眼鏡を掛けており、体格はよい。その身体を黒い紳士服で包み、革靴を履いていた。
男を一見すれば、こんな危ない場所よりもオフィスで働いている方が似合いそうな風貌(ふうぼう)をしていた。
だが男の顔に刻まれた幾つもの傷は、その人物がただならぬ生き方をしてきたのが察せられた。
「アンタは……、松本かい?」
春子はスキンヘッドの男に見覚えがあるらしく、男の名前を呼んだ。
松本と呼ばれた男は大きく頷(うなづ)くと、口を開いた。
「10年ぶりだな、春子さん。アンタに見捨てられて以来、出会う日を待っていたぞ」
「見捨てたなんて……、アンタは皆を救ったんだよ! 犠牲にしてしまったのは分かっている。でもこうして生きているならいいじゃないか」
「よくあるものか。俺はもう――。だがそれならいい。俺はアンタを敵として遠慮(えんりょ)なく戦える」
「敵だって!? 何を言ってるんだい、松本! アタシたちに争う理由なんてないじゃないか」
「いいや、あるさ。俺には野望がある。それに俺からのプレゼントは届けたはずだ。高齢者の死体、1人分をな」
「まさか――」
ノーヘッドを消した横道は、先日亡くなった他殺体の高齢者について思い出す。ならば、松本はテロリストだということになる。
「テロリストに身を落とすなんて馬鹿げた話じゃないか。本当に何があったんだい?」
「ここで死にいく者に説明は不要だろう。とはいえ、俺の敵は春子さんただ1人だ。他の者は見逃しても、何なら俺たちに加わってもいい」
松本が「どうだ?」と催促する。どうやら横道やジョー、アオザをスカウトしているようだった。
「いきなり襲ってきて、仲間になれだって? 馬鹿な話をするなよ。何の魅力もないそんな提案乗れるわけないだろ」
横道はあっさりと松本の提案を拒否すると、春子に目配せをした。
「それに裏切りなんて、セクシーじゃない、だろ?」
「ハハッ。言うじゃないか」
春子がにやりと笑うと、ジョーも松本に言葉を返した。
「俺たちも同じだ。そもそもそちらに加わるメリットがない。誘うならせめて交渉のカードを増やすべきだな」
ジョーと共に、アオザも無言で首を縦に振ってそれに同意した。
松本は横道たちの応えにあまり残念そうにせず、変わらずこちらを見据えていた。
「了解した。ならば春子さんと共に死ぬといい」
松本は自身の守護コウレイをけしかけて来るのかと思えば、そうではない。
守護コウレイは消され、代わりに松本の後ろから黒い機械の部隊が現れたのだ。
それはアールビーと同じヘプタボットだ。型は古いが、軍用らしくガタイも出力も大きそうだ。
「行けっ! 生け捕りにする必要はないぞ!」
松本に命じられたヘプタボットたちはそれぞれの武器を構え、横道たちへとにじり寄ってきた。
「相手にする必要なんてないよ。ここは逃げるんだ!」
春子の言葉に従い、横道たちは自分たちのSUVに避難する。
それを追ってヘプタボットたちは銃を斉射するも、SUVのフレームや窓をわずかに傷つけただけだった。
「防弾性にしとくもんだね。助かったよ、出しな、アールビー」
アールビーの操るSUVもジョーのSUVも急いで旋回し、銃弾の雨をくらいながらも逃げ出そうと必死に動かす。
窓の外を見れば、ヘプタボットたちはただ銃を撃ちながら近づいているだけではなく、他の装備を取り出している最中だった。
その新しい武器は、ペンシル型の緑色の兵器だった。
「アールピージー!!」
横道が叫ぶと、ヘプタボットたちは対戦車兵器のRPGを、撃った。
RPGのダーツのような弾頭は空中で加速し、横道たちのSUVを狙った。
「緊急回避します」
アールビーは短くそう言うと、急加速でハンドルを操る。
それが幸いし、RPGの弾頭は2つのSUVの間を通り、ビルの壁面で爆発四散した。
「流石に対戦車兵器は敵わないよ! 急ぎな、アールビー」
「合点承知です」
アールビーの巧みな操作で車は180度に反転し、危険地帯から脱出する。ジョーのSUVも見事なハンドリングでアールビーの後続に付いた。
「よしっ。これで」
しかし危機は完全に逃れていない。
SUVは順調に加速しているのに、ヘプタボットたちの脚はそれに遅れず速い。彼らの脚はかなりの快速に整備されているようだ。
「全速力で中央部隊に合流しな! そこまで行けば向こうも追いかけてこないよ」
春子の檄(げき)に、アールビーはアクセルをベタ踏みにする。2つのSUVはぐんぐん加速し、後ろのヘプタボットとの差は広がり始めた。
これならもう逃げ切れる、そう思った時だった。
――ガンッ!
まるで鉄板を撃ち抜くような破裂音が響いたかと思うと、ガラスの破片と鉄の破片が散らばる。
それは防弾のはずのフロントガラスと、アールビーの身体の一部と気づくのはすぐのことだった。
「狙撃だよ! 身を低くしな!」
春子が叫ぶ通り、フロントガラスには深い穴が開き、銃弾を受けたアールビーの左肩から先はなくなっていた。
アールビーは残りの右腕で必死にハンドルリングを制御をしようとするも、狙撃の衝撃でSUVは左に大きく逸れてしまう。
そしてそのまま、横道たちのSUVは路上駐車された廃車の後方にぶつかり、停車してしまった。
「頭を下げな! 左側から出るよ!」
春子は運転席のアールビーを引きずりながら降車する。それに続き、横道は武器の入ったカバンを持って左のドアから脱出した。
「さて、ジョーたちはどう動くかね」
後続のジョーのSUVは真っすぐには走らず、横道たちのSUVの後ろに付けてストップした。
それから横道たちのように身を屈(かが)めたまま、自前の装備を持って出てきたのであった。
「狙撃か」
横道たちに駆け寄ってきたジョーは、春子に短く尋ねた。
「ああ、だいたいの入射角は右のビルからだよ。位置が分からないんじゃあ、車の移動は危ないねえ」
「俺が狙撃しようか?」
「止めときな、横道。こちらは場所が割れているからねえ。先手を取られるよ。それに後ろのゴキブリ共が追い付いて来てしまったようだね」
春子が指摘するように、後ろからヘプタボットの部隊が近づいてくる。時間はあまり残されていないようだ。
「ここはビルに逃げ込んで迎え撃つよ。待ち伏せは私の十八番(おはこ)だからねえ」
春子はスモークグレネードのピンを抜いて、狙撃されないように煙を散布した。
「内戦仕込みの屋内戦をロボット共にご教授してあげようかねえ。授業料はお高いよ」
春子は不敵に笑い。4人と1機は春子の手引きによって、ビルの中へと急ぐのであった。
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