第20話

 祖父にありがとうと言う機会がなかったのを、横道は思い出す。


 無償の愛に感謝が要らないわけではない。一方的な寵愛(ちょうあい)に迷惑していたわけではない。ただ、そのチャンスがなかったのだ。


 いつだって遅すぎる。年月を重ねて、あの時こうしておけばと考えても手遅れだ。


 だから、今を生きなければならない。


「ノーヘッド!」


 手りゅう弾がガン子の手の平から零(こぼ)れ落ちた時、横道は叫んだ。


 けれど今度はただ呼びつけるだけではない。祖父への感謝の念を抱き、春子を守りたいという意思を胸に、ノーヘッドを呼び寄せたのだ。


 はたしてノーヘッドは、横道の希望に応えた。


 ――バンッ!


 手りゅう弾が破裂し、ガン子の身体を無数の鉄片が襲い、それは横道と春子にも向かってきた。


 だが、横道も春子も傷つきはしない。何故ならば物体(エクトプラズム)化したノーヘッドの身体が手りゅう弾の爆発を閉じ込めたのだ。


「ありがとう、ノーヘッド……」


 手りゅう弾を受け止めたノーヘッドに、横道は初めて礼を言った。


 祖父に言えなかった、そして祖父のコウレイにも言えなかった感謝が、やっと口を伝って出たのだ。


 ノーヘッドの何もない眼窩は、じっと横道の顔を見つめていた。


「やっと守護コウレイの本質に辿り着いたようだな。横道よ」


 横道が声の主に目をやると、いつのまに近づかれたのか、そこにはテロリストの首謀者である松本が立っていた。


 相変わらず厳(いか)ついスキンヘッドで、顔に刻まれた戦場の傷があった。


 理知的な皮を被るためのメガネを今もかけ、そして紳士服に身を包んだ男だった。


「守護コウレイの本質だって?」


 横道は咄嗟(とっさ)に距離を取り、ノーヘッドと共に臨戦態勢に入る。


 対する松本は既に上半身から上しかない女性の守護コウレイを出現させ、悠長(ゆうちょう)に構えていた。


「守護コウレイは人の魂だ。人と同じく従わせるのは難しい。人によっては協調か、俺のように絶対の従属をさせるしかない。それが守護コウレイの使い方だ」


「使い方か。リスペクトが足りない言い方だ。俺には理解できないな」


「それが使うものと使われるものとの差だ。その程度なのだよ、アンタたちは」


 松本は横道と春子を見咎(みとが)めるように睨む。ものすごい殺気だ。


「横道よ。守護コウレイはどのように産まれるか知っているか?」


「知らないな。死に際の人間とコウレイが接触するからか?」


「いいや、少し違うな。正確には魂の抜けた人間とコウレイが接触するためにできあがるものなのだよ」


 松本と横道はにらみ合ったまま、話し合う。それはどのタイミングで襲い掛かるかを図るためだ。


 言葉はただの駆け引き、相手の隙を生み出すための小手先だった。


「植物状態、仮死状態、いずれにしても生命が死に近づいて安定している状態だ。俺はその状態が、魂が抜けかけた状態だと仮定している。コウレイはそんな隙間に入り込んで守護コウレイとなるのだよ」


「だからなんだ? コウレイ談義に付き合ってる暇はないだろ。確信を言え」


 横道は松本の回りくどい言い方に腹を立てて、急かした。


「分からないか。魂が1つの身体に居住するなんてことは普通あり得ない。それは二重人格のようなものだ。だとすると、何故俺たちは守護コウレイを操る権限があるか分かるか?」


「……知らないな」


 言われてみれば確かに、横道は何の気も無しに守護コウレイを出現させていた。思えば元々、こちらの指示を受け付けないなら出現させるのもままならないはずなのに、だ。


「俺はこう仮定した。守護コウレイは別の魂ではない。俺たちそのものなのだと。俺たちはコウレイに接したときに死に、肉体の記憶を持つだけの別の存在になったのだとな」


「ば、馬鹿言え。俺が俺じゃないなんて戯言(ざれごと)、信じられるわけないだろ!」


「本当か? 臨死体験をしたときに感じたはずだ。この世から離脱するような浮遊感。息を吹き返した時の新生した感覚。それらはただの錯覚ではなく、本当なのだとしたら、俺たちはもう――」


「黙れ! ノーヘッド!」


 横道はノーヘッドを突き動かし。ノーヘッドはそれに応えて松本に近づいた。


 ノーヘッドはその大きな骨の拳を振り上げ、猛然と松本に襲い掛かったのだ。


「挑発されてるんじゃないよ! 横道」


 春子が注意を飛ばすも、もう遅い。


 松本は微動だにしないままノーヘッドを迎え入れたのだ。


 しかし、松本の守護コウレイは例外だ。


 松本の守護コウレイはノーヘッドの腕を優しく取ると、捻るように動かした。


 すると、ノーヘッドは関節に従って身をくねらせ、地面に投げうたれたのだ。


「この程度の揺さぶりでこちらの誘いに乗ってくれるとはな」


 松本はノーヘッドが倒れたのを確認して、背中から長く細い武器を取り出す。


 それはRPGだ。松本はノーヘッドがいなくなって射線の開けた場所へ、その弾頭を放ったのだ。


「しまっ――」


 松本の狙いは最初から対コウレイ用施設だ。RPGの弾頭は山なりの軌跡を描き、対コウレイ用施設を囲っていた壁へと接触したのだ。


 その途端、爆発。


 松本の攻撃により、対コウレイ用施設に穴があけられてしまった。


 対コウレイ用施設はそれでもまだ機能している。けれども、大型コウレイは破壊された壁へと向かい、その場所から抜け出ようと動いていたのだ。


「さて、どうする?」


 松本はまた挑発的な物言いをしたが、先に対コウレイ用施設の修繕をしなければならない。


「俺が行く! 大型コウレイくらい押しとどめてやる」


 横道はノーヘッドを使い、大型コウレイを直接押しとどめる作戦を考える。


 しかしそれは、松本の守護コウレイに背を向け、対コウレイ用施設に直接触る危険な手段だった。


『ここは私に任せてください』


 そんな横道の愚行(ぐこう)を止めたのは、端末から聞こえる無機質で聞きなれた声だった。


「アールビー! 何をするつもりだ」


 横道の言葉にアールビーは反応しない。代わりに、対コウレイ用施設にいる大型コウレイの動きがピタリと止まったのだ。


『ここからは別端末を使った録音となります。お手数をおかけしてすみません』


 アールビーは端末を使い、まず謝罪をした。


『私は横道さんや春子さんにお仕えでき、大変楽しく過ごさせていただきました。ジョークは好きでしたし、それに応えてくれる皆さまの言葉は、私に膨大なデータを与えてくださいました』


 横道が対コウレイ用施設の破損個所を見ると、そこにはアールビーがいた。


 だがそのまま居るだけではない。アールビーは対コウレイ用施設にあいた穴を塞ぐためにそこへ居たのだ。


『私には魂がありません。死の概念さえありません。けれども皆さんにもう会えなくなることは残念です。作戦の前にもう一度、楽しく話せておけばと考えるほどです』


 アールビーは、対コウレイ用施設の壊れた伝導体の壁の代わりをしていた。つまり、その身体を高圧電流に晒(さら)して補強していたのだった。


「止めるんだ! アールビー!」


『春子さん、お体に気を付けてください。横道さん、春子さんと共に長生きをしてください。ジョーさん、アオザさん、2人を頼みます。皆さんに出会えて、私はきっと幸福な状態だったと思います。本当にありがとうございます』


 横道の制止は無意味だ。アールビーのCPUはすでに焼け付き、もうその機能を二度と起動できなくなっていた。


『楽しかったぜ、ベイベー。あの世でまた会いましょう』


 アールビーは最後のジョークを残して、録音を終了させた。そのスピーカーからまた賑やかな言葉を聞けなくなるなどありえないような、とびっきりの冗談を口にして。


「アールビー……、アンタは最高の相方だったよ」


 春子は何もできなかった自分の身の弱さを悔いながら、そうやってアールビーの消滅を悼(いた)んだ。


「思ったよりしぶといロボットがいたようだな。だが無意味だ」


 松本はそう言うと、再びRPGの弾頭を飛ばそうと構えた。


 ただし、そう安々と次の破壊を見逃すほど、横道の気は長くなかった。


 無言の横道の前で、ノーヘッドが松本を殴ろうと猛然に襲い掛かったのだ。


「同じ過ちを繰り返すとはな」


 松本の守護コウレイが割って入り、ノーヘッドの腕を掴み、またしても投げ飛ばそうとした。


 とはいえ、横道とて同じ攻撃を黙って受ける人間ではなかった。


 ノーヘッドは片手を握られた瞬間、逆の手も同時に突き出したのだ。


「なっ!?」


 松本と、その守護コウレイはノーヘッドのフェイントをまともに受け、どちらも吹き飛ばされた。


 今が、追撃のチャンスだ。


「ロボットじゃない! 彼の名前はアールビーだ!」


 横道はノーヘッドをくぐり、体勢を立て直そうとしている松本に迫った。


「そして俺の大切な仲間の1人だ!」


 横道のグーのパンチが、松本の生意気な顔に炸裂したのだった。 

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