10.

 ひとしきり撮った後、私たちはアイスクリームを買ってベンチで休憩をすることにした。

私はバラ風味のピンク色のアイスクリーム、清也はラベンダー風味の紫色のアイスクリーム。

バラの香りのような深みのある味が口に広がって思っていたよりも美味しかった。

私が物欲しそうに見つめていたのか、


「一口、食べますか」


 と言って自分のスプーンで取って私に差し出してくれた。

間接キスだと意識したが、彼はまったくその気がないようで真っ直ぐに見つめられていたので何も考えていないふりをして食べた。

ラベンダーはほんのりと癒されるような味がして、ふう、と思わず息をつくような美味しさだった。

 秋桜を無言で眺める時間が続く。

 すると私は清也の腕に光る時計に目が止まった。


「この腕時計、光の当たり具合によって色が変わるんですね。とても綺麗」


 清也は自分の腕をちらりと見て、苦笑した。


「これ、前の彼女がくれたものなんです。誕生日に」


 “彼女”という単語に顔の筋肉が思わずぴくりと反応する。

この年齢だし優しい人だから彼女くらいいたのは当然だろうが、彼女と手を繋いで歩く清也の姿を想像すると心がもやっとする。


「私けっこう元カレからもらったもの捨てるタイプなんですけど、清也さんは残しておくんですね」

「たしかにそういう人が普通かもしれないけど、物には罪がないから大事にしたいんだよね」


 この人は物にまで優しいのかという思いの裏に前の彼女に未練があるわけではないということに対して安心する気持ちが顔を覗かせる。

 清也は腕時計の側面のギザギザした部分を指でいじりながら上の空な様子でぽつぽつと話し始めた。


「俺、女の子に“なんか違う”って振られちゃうんですけど、そう言われてもどうしたらいいかわからないですよね」


 嘲笑、という言葉が正しいような表情。

 気が付いたら私の手は彼の頬に向かい伸びていた。

そっと頬に触れると清也は驚いた顔でこちらを見た。

 目が合った瞬間、私は自分がなにをしているのかよく理解できていなかった。

長い間……と感じたが、実際は3秒程度であろうか、そのくらい経って私は慌てて手を離した。


「ごめんなさい、私……」


 上手く説明できないでいる私に笑みを見せてくれたものの、2人の間には不思議な空気が流れた。

 気まずいまま夕食を近くのそば屋に食べに行って、気まずいまま別れた。

 そばの味はあまり感じなかった。

その代わり、私の清也に対する気持ちが浮き彫りになったように感じた。

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