16.

「そういえば、昨日光穂ちゃんのこと撮ったんです」


 光穂の名前が話に出たのをきっかけに、初めのほうに見せようと思っていた写真を見せた。

瑞希はびくっと体を動かしたように見えたが、そのまま顔を写真に近付けた。

 瑞希が写真を見る間、俺はわずかに残っていたコーヒーを飲む。

ずずっという音が大胆に鳴ってしまい、慌ててカップから口を離した。

 彼女はなにも言わなかった。

 俺がそっと彼女の顔を覗き込むと、その目は今まで見たことがないくらい輝いていた。

 俺がなにも言わずに見ているとやっと、


「なんだか目が引き付けられますね……」


 とだけつぶやいた。

 瑞希のこの無言になる気持ち、俺もわかるような気がする。

語彙力を奪われるような、そんな気持ち。


「俺ずっとこういう写真が撮りたかったのかなって思ったんです、こういう生命力が輝くような写真を」

「……私の撮りたい写真ってなんだろうな」


 瑞希は頬杖をついて、ストローでコーヒーをぐるぐるかき混ぜる。


「私は自然をそのまま切り取ったような写真かなあ」

「というと?」

「私は清也さんと違って趣味要素が強いから、“空綺麗だな”って思ってスマホを取り出すのと同じ感覚だと思います。たまにある、ちょっと記録に残しておこう、って風景をより綺麗に残しておきたいなというか」


 俺たちは一緒に撮影に行くこともあるけれど、目指す写真が違うんだと思った。

 きっと俺は祖父が撮っていたような写真が撮りたいというのが根底にあるのだろう。


 じゃあそろそろ帰りましょう、となったとき、


「この後バーでも行きませんか? 私おすすめのお店がこの近くにあるんです」


 と誘われたのだが、明日必要な資料の準備と昨日の写真の整理をしなければならないからと断った。

 送ろうかと言ったのだが、この後1人で少し飲んで帰るらしくその場で解散することになった。

またいつか行きましょうと約束をして俺たちは別々の方向へ帰った。


 少しぼろいアパートの2階にある1室に入る。

俺の部屋のドアにもサビが出てきてなんだか貧乏らしさが増した気がする。

 スーツのままリビングにあぐらをかいてパソコンを開く。

軽快な通知音に合わせてメールが表示された。

“光穂”という文字が目に飛び込んでくる。

 内容は、作曲をすることになったこと、そのために撮影の現場に行ってシャッター音を聞きたいということだった。


「1週間後に風景の撮影をする」


 という旨を書いて送信した。


 お風呂を済ませてコーヒーでも淹れようかなと立ち上がったとき、電話が鳴った。


「おい、お前今日提出した資料間違えてたぞ」


 恐い上司の低い声が、いつもより低く聞こえた。

明日朝一番に出せと言われたので俺はただ平謝りしてすぐに仕事に取りかかった。

 カフェイン依存症の俺が、コーヒーをまったく飲まずに仕事に集中していた。

これは普段であったら考えられないことだ。


「あーやっと終わった」


 あれから5時間くらいが経っていた。

瞬きをするだけで眠ってしまいそうだ。

 瑞希から“今日はありがとうございました”といったメッセージが届いていたが、俺はメッセージを開いたにも関わらずなにも返信せずに倒れるように眠りについた。


 この日の夢は慌ただしくてあまり良い夢ではなかった。

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