15.
喉が渇いてアイスコーヒーをストローを使わずにコップに口をつけて飲む。
昔はなぜ大人たちが好んで飲むのかまったくわからない苦い液体だったのに、いつから、なぜ、こうも美味しく感じるようになったのだろうか。
コーヒーを味わっていると、横から少年がぬっと現れて、
「先生?」
と瑞希に声をかけた。
少年はなんだか大きなものを乗せたキャスター付きの台を引っ張っている。
なんだか不思議な声だなと思いつつ声の方向に顔を向けたとき、俺と少年はぴたりと固まった。
「あれ、君は光穂ちゃんのお友達の……」
それは初めて光穂と会ったとき学校近くで会った少年であった。
瑞希が不思議そうな表情でこちらを見ていた。
なぜ俺と少年が無言で見つめ合っているのかを不思議に思っているのであろう。
瑞希が突然手を動かした。
小さめな声で話してもいる。
そういえばこの子は耳が聞こえないんだ。
俺は瑞希が手話をするのを見てそれを再確認した。
手話について自分で調べて発表、なんてのを小学生のときやった気がするが、そのときは手話をなんだか遠いものくらいにしか思っていなかった。
なんというか、実際に使っている人がいると思っていなかった、というか。
自分が今までいかに狭い世界で生きてきたか、最近はそれを思い知らされることばかりだ。
理人が俺をまたじっと見ていた。
俺はスマホに、“また会ったね”と打ってその画面を少年に見せた。
彼は手早く引っ張っていた台に乗っていた機械に文字を打ち込むと、
「お久しぶりです、
と無機質な声が耳に届く。
イントネーションも大体合っていて、あまり会話に支障は感じられない。
「どうして2人は知り合いなの?」
瑞希が理人の持っている機械に打ち込みながら、その文章を声に出して尋ねる。
なるほど、打ち込まれた文字が機械のスクリーンに表示されるのでそれでこちらの言葉を彼に伝えられるらしい。
「前に光穂ちゃんが俺とぶつかって足痛めたことがあって学校まで送って行ったんです。そのときに校門の前で理人くんと初めて会いました」
「ああ、光穂ちゃんをね……」
瑞希はそれだけ返答すると、3人の間に不思議な沈黙が訪れてしまった。
「じゃあ僕は先生に忘れ物渡したかっただけなので、さようなら」
理人は瑞希にペンを渡して、一礼して帰っていった。
俺たちに背中を向ける直前に見た、彼の瞳の奥に宿っていた鋭い光が脳裏に焼き付いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます