17. 〜理人〜
「私、作曲に挑戦してみるの」
光穂はある日突然そう言った。
このときの彼女の顔は不安がちらりと覗きつつも前に進む期待のようなものが
光穂の嬉しそうな顔、大好きだなあ。
しかしその作った曲を聴けないのは本当にこの自分の耳が恨めしい。
さらに続けて、
「この間清也さんに写真撮ってもらったの」
とも言った。
それを聞いたとき僕の胸はどくんと跳ねた。
昨日彼にカフェで会った記憶が頭をよぎったが、自分から彼の話をするのはなんだか嫌だったからなにも言わずに、そうなんだ、とだけ返す。
「理人にも私の写真見てもらいたいな、あ、でも恥ずかしいな」
彼女は笑っていた。
僕はうまく笑えなかった。
翌日帰ろうとしたとき、学校で清也を見かけた。
みんなに嫌われている……まあ僕もあまり好きではないが……口うるさい国語の先生に頭を下げていて謝罪している様子だった。
以前より猫背気味になっている気がする。
タイミング良く謝罪が終わったようで清也は頭をぽりぽりと掻きながらこちらを振り返った。
ぱちっと目が合って、動きを止める。
「一昨日ぶりですね、こんにちは」
と声をかけると、
「こんにちは。ごめんね、ちょっと今忙しくて……またね」
とだけ言って手をひらひらと振りながら後ろをくるりと振り返った。
そのときだった。
清也は遠心力に身を任せるようにバランスを崩した。
なんだかこの瞬間がスローモーションに見えた。
「……え?」
僕がただこれだけつぶやく頃には彼は倒れていた。
駆け寄るとすぐに上体を起こしたのでひとまずは安心。
「大丈夫ですか」
と言い終わるのが早いか、遅いか、というくらいのタイミングで清也が言った。
「お腹空いた……」
ただの空腹かと呆れたが、差し伸べた手に触れた彼の手はすごく熱かった。
「僕送って行くので家教えてください」
「いやいいよ、1人で帰る」
「なに言ってるんですか、そんなふらふらなのに」
彼の腕を掴んで、学校から出る。
それからは清也が「こっち」と家の方向を指し示す以外なにも話さなかった。
学校から10分くらいのところにある、けっこう新そうなアパートの2階の1室の前に着いた。
「ありがとう、ごめんね」
彼は鍵を片手に、僕にぺこりとお辞儀をした。
目の二重がどんどん深くなっている気がする。
「せっかくここまで来たのでなにかご飯作ります」
ここで体調の悪い空腹の人を置いて帰るのはなんだかバツが悪い。
ため息まじりに僕は遠慮する清也の部屋にずかずかと入った。
入った後もおろおろとしている清也をベッドに押しやり、僕はキッチンに立つ。
「冷蔵庫にある物、適当に使いますね」
冷凍されていたご飯や卵、少ししんなりした野菜を手に取って調理を始める。
頻繁に料理をしている様子はなかったが、キッチンには一通りの調理器具が揃っていた。
ことこと……鍋の中に気泡が次々と浮いてくる。
火を止めて清也を呼ぶが返事がない。
キッチンからベッドを覗くと、ネクタイをぎゅっと締めた姿のまま眠っていた。
「清也さん、ご飯できたのでこれ食べたら寝てください」
はっと起き上がって色々と言葉を発していたが、きっと唇から読み取るにごめんと言っているのだろう。
「このお粥美味しい」
僕が作ったたまご粥を何度も褒めて美味しそうに食べてくれたので嬉しかった。
この人は僕よりぜんぜん年上なのに子供みたいに無邪気で素直な人だな。そう思った。
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