38. 〜理人〜
所々にハンカチを目元に押し当てて涙を拭き取る人が見られる。
よく見ると、そのハンカチを握る手が少し震えている人もいた。
そして十分に時間が経ったとき、その人たちはやっとハンカチをそっと折り畳んで膝に乗せ、手を思い思いに打ち合わせた。
個性は何に関してもあるものであるが、手の打ち合わせ方ひとつとっても様々で、まっすぐ重ね合わせる人や、30度程度ずらす人、そして手を器のように丸める人などがいることは僕以外のみんなも気が付いていることなのだろうか。
僕は音楽を聴けない分、観察力に関しては自信がある。
今日僕は“光穂の音楽を聴いて心動かされる人”を通じて“光穂の音楽”を感じ取ろうとしていた。
もちろん僕だって彼女の作る音楽というものをこの身でダイレクトに感じてみたい。
しかし、いつだったか……光穂に言われた、
「なんとなく理人には私の作った音楽が伝わっているような気がするな」
という言葉が僕の支えだった。
僕は音楽がわかっている、作曲者が言うんだから間違いない。そういう自信があったのだ。
だから僕はこの日も周囲の人と同様に、いや、光穂の幼馴染みとして周囲の人よりもさらに、楽しみにして迎えていた。
感動で口を滑稽なほど開けたままにした人、突然感情の
なに恋愛的な視線を注いでいるんだ、と言ってやりたかったが、この静かな環境では僕の音声装置は騒音と思われかねないのでやめておく。
会場に到着してすぐ、清也がバッグからミネラルウォーターのペットボトルを取り出すとき、彼のバッグの中に金色の金属でできたなにかが入っているのを見た。
きっとあれは僕がアドバイスしたオルゴールだとすぐにわかった。
この男は終演後あたりに告白をする気なのだろう。
そう思って彼の様子を見ていると、面白いくらいに辻褄が合っていく。
なぜ彼の顔はずっと赤く染まっているのか? 演奏中は真剣に聴き入っているようだが、なぜ終わるたびに天を仰いで息をつく?
僕の隣にあるのは、告白をしようとしている男の姿そのものだ。
案の定、光穂の両親が離れた後すぐに光穂は清也に手を引かれてどこかへ行った。
そして爽やかに帰ってきた清也はどこか緊張が解けたように、光穂はむしろ緊張しているように見えた。
移動のためによく人と手を繋ぐ光穂がこんなにぎこちなく手を繋いでいるのは初めて見る。
僕は2人の周りに共通している幸福の空気に飛び込み、
「僕、これから寄るところがあるので先に出ますね」
と清也になにも気付いていない風を装って言った。
光穂には後でじっくり感想を聞いて欲しいこと、彼女の両親には行きに送ってくれたことなどに感謝の言葉を言って、僕は今度はつんと冷たい外の空気に飛び込んだ。
手を無計画に動かすも、寒さのせいでうまく動かない。
鼻で深く息を吸うと、鼻の中が凍り付くようだ。
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