13.

 そのレストランは洋食店で、私はオムライスを注文した。

私は全盲といえど、あらかじめどこになにがあるかを声で案内してもらったり、手を料理があるところに誘導してもらったりすれば自分で食事ができる。

母はいつも通り時計をなぞって、「6時のところにオムライス、9時のところにサラダ」と説明した。

 清也がハンバーグを食べるナイフとフォークの音、母がナポリタンを食べるフォークの音が小気味良いハーモニーをつくっている。


「清也くんはどうしてカメラを? お仕事はなにをされているの?」


 母は堪えきれないようにたくさんの質問を浴びせかけた。

清也は丁寧にすべての質問に答えてくれた。


「どうして光穂を撮ろうと思ったの? この子、その……カメラ目線とかもできないじゃない?」


 私はすでに学校で彼が先生にその理由を答えているのを聞いているとはいえ、自分が褒められるのを聞くのはなかなか緊張するものだ。

 清也はまたハキハキと私の魅力を語ってくれた。

母も「あらあら」と自分から聞いたくせに照れた様子で私のことをばしばしと叩いてくる。


「すみません、会社から電話が」


 そのまま清也は店外へ行ってしまい、なんだか興奮気味の母と2人で残された。


「あらあ清也くん、すごく良い子じゃないの! 理想の息子ってくらい爽やかで素敵だわあ」


 せきが切れたように話し出す母を適当に受け流して、私はオムライスをどんどん口に運んだ。

チキンライスの中のグリーンピースが歯に当たってぽろぽろと砕ける。

口の中の水分が奪われていくのを感じた。


 カランカランと店のドアのベルが鳴った。

清也が電話から帰ってきたようだ。


「あの、これ、今急いで現像してきました」


 母が受け取り、静かな時間が流れる。

 そして少し経った後、


「とっても生き生きしてる……」


 とだけぽつりとつぶやいた。

 写真を指でそっと撫でているような音が聞こえた。


「ほら、光穂」


 そう言って私も3枚の写真に触れた。

 そのとき、ふわりと暖かく優しい風が頬を撫ぜた。

普段は暗闇しか見えていないのに、まぶたの裏にきらりとした光が見えた。

 これは気のせいや思い込みではない。

根拠はないけど、私は確信していた。

 そして思った、“この人は私の目になってくれるかもしれない”、と。


 食事を終えてレストランを出て、私たちの車は清也に見送られて発車した。

 車の中でも母はいろいろ話していたが、私は写真を触ったときに見た景色を何度も何度も思い出していた。

時間が経ってあの景色を忘れることがないように、せめて少しでも長く覚えていられるように。

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